第6話 業務内容

「これは俺の手足となる部下のルディウスだ。

 これから一緒になることが増えると思うから、仲良くやってくれ。」


 レイの横に立つ男がこちらに向かって頭を下げる。

 短い黒髪に緑の瞳を持つ、エントランスで見かけたときよりも物静かな印象を受ける。……こんな雰囲気だったろうか?

 あまり見つめすぎては失礼なので、こちらも挨拶を返す。


「……リナルドです。

 こんな主人を持って、大変ですね」


 毒を含ませて口に出すと、ルディウスにぎろりと無言でにらまれる。ルディウスにとっては大事な主らしい。


「しかし、本当にこんな所に住んでいるのか

 下級下女でももっとまともな部屋に住んでいるだろうに」


 レイが辺りを見回して呟く。

 今日は俺の地下にある自室に集まっているのだ。酒場で脅された翌日、人目を避けて会うのに良い場所として俺の部屋が選ばれた。

 仕事を終えてすぐに地下室へ戻ると、そこにはすでにこの二人の姿があった。


「……文句があるなら別の使用人に声をかけては?

 ここの使用人なら、金を積めばいくらでも協力する人間は現れそうですけど」

「金で動く人間は、すぐに他の人間にもなびくからな」


 長い脚でぐるりと地下室を見て回ったレイは、ぼすん、と俺のベッドに腰掛ける。

 そのまま、サイドボードに置いてある水差しとカップを使って水を飲み始めた。……この部屋で唯一の、俺のカップである。


「この部屋で、このカップだけやけに品がいいな?

 紅茶でなく、水しかないが」

「紅茶などご用意できない部屋で申し訳ありませんね!

 母の形見なんです

 さっさと置いてくださいよ」


 カップをまじまじと見ていたレイが、静かにカップを戻した。


「そんな大事なものだったとは

 勝手に使ってしまってすまない

 母君はとても良い趣味をしてらっしゃる」

「別にいいですけど。使うくらい減るもんじゃないんで……

 でも、王族ってもっと警戒するもんなんじゃないんですか?

 毒でも塗ってたらどうするんですか」


 レイが、思わず、という風にあははと笑い出す。

 

「お前、これが何のためか知らずに使っているのか」


 レイは再びカップを手に持って、飲み口を俺に向けて、カップの内側を見せる。

 

 母が気に入って使っていたカップだ。本当は家族みんなの分、5組あったのだが、他の4組はすべてエレインに割られてしまった。1組だけは、エネアが守って俺に持ってきてくれたのだ。

 白く滑らかな陶器の外側にも、内側にも繊細な植物の模様が描かれている。模様はベースが濃いネイビーに、銀色の美しい花々が咲き誇るものだ。

 よくよく考えて、思い当たる。


「……銀色……、もしかして」

「ああ、これは銀だよ

 毒が入れば色が変わって知らせてくれる

 母君は良い品をお持ちだ

 俺もこんな洒落たものが欲しいな」


 じっくりと器を見つめながら、レイは再びカップを元の場所に戻した。


 一部始終を黙って見ていたルディウスは、俺を監視するように、唯一の出入り口である階段下で微動だにせず立っている。

 この部屋には使われることのないガラクタとベッド、サイドボード程度しか物がない。来客用の応接セットなどないのだ。

 俺自身もベッド脇の石壁にもたれ掛かり、腕を組んで立つことにした。


「……それで、殿下は俺に何をさせたいんですか」


 レイはベッドの上で、にやりと笑う。


「なに、難しいことは何もない

 俺がする質問に答えてくれればいい」


 ……胡散臭うさんくさい笑顔。

 ボロいベッドに似合わない、そこだけ別の空間のような華やかさで、レイは俺に質問していく。


「……男爵の事務作業はすべて執事長のエラルドが担っています。

 エネア様の事務作業はスザンヌが。

 俺はその手伝いをしています」

「なるほど

 ここ最近で、屋敷内で何か変わったことはないか?」

「変わったこと……

 特には……あ、」


 レイは男爵家の政務の体制や、業務の担当者を知りたがっている。

 あちこちを転々と遊び歩いている第六王子が、そんなことを調べて何をするつもりだ?


「……殿下は……、まさか男爵家をゴシップネタで脅すおつもりじゃないでしょうね?」

「はぁ?」


 あはははは、と地下室に似つかわしくない笑い声が響く。


「男爵家を脅して一体俺になんの利益があるんだよ!

 はははっ!」

「……そうですか

 変わったことと言えば、ここ1年ほど、トマス様が夜に帰ってこないことが増えました。

 使用人たちはトマス様に愛人でもできたんだろうと噂しています。」


 レイは先程までの笑いを引っ込め、ルディウスに目配せするとルディウスはすぐに階段を上って部屋を出て行った。


「……ルディウスさんはどちらへ?」

「言っただろ? あいつは俺の手足となって働いてくれるんだ」


 悪い顔でレイは微笑む。危険な男だという第一印象は間違いなかったようだ。とても様になっている。


「はぁ、では俺の仕事は終わりましたよね

 どうぞお引き取りください

 男爵や奥様がお待ちでしょう」

「なんだ、冷たいな

 あいつら苦手なんだ……四六時中まとわりついて、さして面白くもない商売の援助を持ちかけてくる。

 大丈夫なのか、お前らの領地は

 あんなのが領主で……」


 レイはごろりとボロボロのベッドの上で寝転びだした。王族のくせに、こんな所に横になって汚いとか思わないんだろうか。


「……今に始まったことではありません。

 トマス様はうまい話にすぐ飛びついて、よく失敗なさってますから。

 それを……いつもエネア様が穴埋めするんです」

「ほう……、あのαの息子が」


 詐欺師に騙されたり、投資していた商船が沈んだりして男爵家が傾いた時、危機を救ったのはいつもエネアだった。

 社交界で築いていた人脈を使い、新しい品物がこの地方へ流入するルートを作った。また領内で商売するために必要だった商税を一部免除することで、領内の経済を著しく活性化した。お影で、王都から離れたこの地方で最も新しい品物が手に入るのはうちの領地になっている。

 今では周辺の領地から、買い物のためにここへやってくる人々で、町がかつてないにぎわいを見せている。


「……もう十分じゃないですか?」

「そうだな

 大変参考になった」


 そう言いながらも、レイはベッドの上で肩肘をついて横たわったまま動く気配がない。

 はぁ、とため息をつきながら、ベッド下の木箱から着替えを取り出す。仕事終わりにこいつに捕まったものだから、いつもより酒場に向かうのが遅れている。


「……俺はもう出かけますよ?」

「金を稼ぐだけなら、ここで俺の相手をしても稼げるんだぞ?」


 着替えを取り出すためにかがんだ姿勢で、ベッド上の緋色の瞳を睨みつける。レイはこちらを面白そうに見下ろしている。


「あんたの相手をするなんて、いくら積まれてもごめんだね」

「おや、……人生初だ! 振られるなんて……!」


 一瞬面食らったような顔をして、すぐにレイは微笑みを取り戻す。

 俺がチッと舌打ちすると、レイは笑みを浮かべたままのっそりと起き上がり、手をひらひらとさせながら階段を上って去って行った。


「……二度と関わりたくねぇ……」


 あれが王族や貴族、高貴な立場の人間だ。自分たちより下の人間は、従って当然だと思っている。同じ生き物だなんて思っていないのだ。

 どんな扱いをされようが、何を言われようが下の人間は彼らに歯向かうことは許されない。


 階段を睨み上げながら、着替えに手を伸ばした。





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