第5話 最悪の出会い

「ありがとうね、リナちゃん

 早めに来て開店準備手伝ってくれるなんて助かるわ〜

 この時間、手伝ってくれる子いないのよ!」

「まぁ〜夜遅くまで働いてるからね〜」

「あら、そんなのリナちゃんのほうが働いてるでしょ!

 朝から別の仕事して、そっち終わってから夜の仕事して……

 大丈夫なの? 身体壊してない?」


 今日の仕事は早めに終わったので、すぐに酒場へ来て店主であるマダムの仕事の手伝いをしに来た。もう4年以上働いているこの店では、俺は一人の人間として扱われている。

 邪魔者でも、汚らわしいΩでもなく。


「マダム、ありがと

 俺、こう見えても頑丈だから大丈夫だよ」

「見た目は儚げな美人なのにねぇ……、意外としたたかに育ったわよね」

「ふふ、マダムの教育のおかげだね」


 ふふ、と二人で笑いながら、店を開けた。


 今日も酒場は盛況だ。一階の円卓は楽しそうに談笑する客とキャストで埋まっている。町の男たちが主な客だから、それほど店の内装は豪華な訳では無い。

 だが、マダムが選んだ調度品が並び、清潔に整えられた店内は居心地が良いと評判だ。キャストの教育や、客の教育まで行き届いていて、ここは夜の店にしてはとても治安がいい。


「いらっしゃい、テオドア様

 いつもご指名ありがとうございます」

「リナさん、今日も、と、とても綺麗ですね!

 きらきら煌めく青い生地が、貴方の瞳と一緒で……! 素敵、です!」


 テオドアはこの町の商家の一人息子だ。毎晩のようにここへ来て、俺を指名してくれる。手を繋ぐ、頭を撫でる、など、可愛らしいオプションで俺の稼ぎを上乗せしてくれるので良い客だ。


「リ、リナさん、今日も手を握ってもらっていいかな?」

「はい、テオドア様、俺とっても嬉しいです」


 ぎゅ、とテオドアの手を握ると、顔を真っ赤にして震えだしてしまう。大丈夫か一人息子、商売Ωにそんなに初心うぶで……


「お客様、申し訳ありません

 ただいま満席でして……」


 エントランスの用心棒が新たに来た客を断っているのが聞こえる。ちら、と見遣みやると、かなり長身の男だ。マントのフードを目深まぶかに被っていて顔は見えない。

 この店は人気店だからよくあることだ、用心棒たちが上手くさばいてくれるだろう。俺はテオドアとの会話に集中する。俺は二階の部屋を使うサービスは売っていない。ほとんど会話だけで稼がなきゃならないのだ。また次も、俺と話したいと思ってもらわなくてはならない。


「リナさんと話していると、僕はとても幸せな気持ちになる……

 リナさん、僕……っ !」


 テオドアが俺の手を両手で力強く握った瞬間、俺の頭の上辺りを見つめて動きが止まる。


「な、なんだい、君は」

 

 突然、テオドアが立ち上がり、俺の背後に向かって厳しい口調で話し始める。


「すまないが、この席を譲ってもらえないか?」

「断る! 僕は今リナさんと……っ」


 振り返ると目の前に、先程エントランスで入店を断られていたマントの男が立っている。用心棒が慌ててこちらに駆け寄ってくるが、マントの男はテオドアの肩に手を乗せ、彼の耳元に何事かを囁いた。

 すると、見る間のうちにテオドアの顔が青ざめていく。


「テオドア様……?

 大丈夫ですか?」

「リ、リナさん……! すみま、せん

 きゅ、急用を思い出したので、今日は帰ります!!

 

 あ、あの、リナさん、この方は、僕の知り合いなので! このまま、お相手を、お願いでき……ますか?!」

「へ?」


 そう言いながらも、テオドアはジリジリとエントランスへ向かっていく。用心棒もどうしたものかと事の成り行きを見守ることにしたようだ。

 ……一体何をささやいた……?

 目の前のマントの男を見つめるが、にや、と笑う口元しか見えない。

 テオドアはもう扉を出てしまった。こちらは大丈夫だと用心棒に目配めくばせしてから、マントの男に向き直る。


「……まずはおくつろぎください

 どうぞ」


 ソファを勧め、座るように促す。室内でもフードを取らないとはどういうつもりだ。男はゆったりとした動きでソファへ腰掛けた。


「この店は金さえ払えばどんなサービスでも受けられるのか?」

「キャストに危害を加えないことは大前提ですが、そうですね

 ただ、そのサービスを行うかどうかはキャストが決めます」

「……そうか、なら、

 まずは俺の上にまたがれ」

「は?」


 思わず低い声が出た。初対面で会ってすぐ、そんなことを求められたのは初めてだ。

 

「……お客様の上に乗るのは高くつきますが構いませんか?」

「構わん、いくらでも払ってやる」


 ……金に物を言わせるタイプか。嫌いなタイプだな。さっきのテオドアの様子も気になる。何か傷つけられるようなことを言われたのでなければいいが……


 男の言う通り、ドレスの裾を捌きながらソファに腰掛ける男の胴を跨ぐようにして上に乗る。

 かなり近い距離で密着することになる。そう、相手の香りがすぐ感じられるほどに。


「っ……、あなたは!」


 がし、と腰を掴まれ、逃げることができない。

 間違いない。この腹に溜まるような重く甘い香り……どくどくと血が流れる音が頭に響く。


「……レイ殿下」


 くっ、と喉を鳴らすように笑う声が聞こえる。

 まさか供も連れずに、こんな場所に王族が現れるなど、聞いたことがない。幸い、目深に被ったフードのおかげで、誰一人としてその存在に気づいてはいないようだ。


「こんなところで会うとはな?

 昼は貞淑ていしゅくな使用人、夜はみだらな商売Ωか」


 より、腰を掴む力が強まる。フードの下ではこちらをめつけるように見つめる緋色の瞳が光っている。

 

「薄っぺらいドレスを着て、金さえ払えば喜んで男の上に跨がる

 エネア殿はこのことを知っているのかな?」

「……脅すおつもりですか?

 どうぞお伝え下さい。それで屋敷を放逐ほうちくされるなら、本望だ。」


 どうせ来月には辞めるのだ。夜の仕事が明らかになったところで痛くもかゆくもない。逆に放り出されて清々するだろう。


「……なるほど、屋敷の仕事に未練はないのか。

 では、これはどうだ?」


 フードの下の美しい顔が笑みを深める。


「リナルド、お前はまだ成人していないな?

 そんな子どもをこのようないかがわしい店で働かせているなど、公になればこの店はどうなるだろうか?」

「?!」


 名前も、年齢もこいつは調べたうえでこの店に来たのか。あの地下道の存在は俺しか知らない。……誰かにつけられていた? どうやって……


 マダムが俺を働かせてくれたのは、屋敷では給金がもらえず、自分で食べ物も抑制剤も何も買うことができない俺を見かねてのことだった。

 そんなマダムに迷惑をかけるようなこと、できるはずがない。


「……一体、何がお望みなんですか」

「おや、お前は屋敷よりも、こっちの酒場のほうが大事なのか

 変わったやつだな」


 ははは、と笑いながら男は俺の腰から手を離した。

 即座に密着していた体を離し、男の足の間に立って緋色の瞳を見下ろす。


「俺の指示通りに動けば、お前が未成年だということを黙っておいてやろう

 契約成立かな?」


 目の前にすらりとした手が伸ばされる。

 チッ、と舌打ちしながら、その手を握った。



 


 

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