第3話 知ってしまった真実

 三月も半ばを過ぎた、ある金曜日の放課後。


 私はいつものように図書館で手紙の続きを書いていた。静かな環境の方が集中できるし、家だと母に心配をかけてしまいそうだったから。


「えー、本当に?拓海くんって彼女いたんだ」


 近くの席から聞こえてきた声に、私の手が止まった。


「うん、一つ下の子らしいよ。結構前から付き合ってるって」


「知らなかった。拓海くんって全然そういう話しないもんね」


「そうそう、すごく奥手そうに見えるけど、実はちゃんと恋愛してるんだね」


 声の主は同じクラスの女子だった。何気ない会話のはずなのに、私には雷が落ちたような衝撃だった。


 拓海くんに、彼女がいる。


 ペンを持つ手が震えて、便箋に小さなシミを作ってしまった。涙だった。いつの間にか、涙が頬を伝っていた。


 そんなこと、考えたこともなかった。いや、考えたくなかった。彼が誰かを特別に想っているなんて、そんな現実を受け入れる準備なんて、できていなかった。


 図書館を出て、人のいない階段の踊り場に座り込んだ。三年間積み重ねてきた想いが、一瞬で崩れ落ちていくような感覚だった。


 でも、よく考えてみれば当然のことだった。彼のような優しくて素敵な人なら、きっと多くの女の子が好きになるだろう。そして、彼にだって好きになる人がいて当たり前なのだ。


 私だけが、一人で勝手に想いを募らせていただけ。


 家に帰って、机の上に置いてある手紙を見つめた。十枚以上になった便箋には、私の想いがぎっしりと詰まっている。でも、もうこの手紙を渡すことはできない。


 彼に恋人がいるのに、こんな手紙を渡すなんて迷惑でしかない。きっと彼を困らせてしまうだろうし、今の平和な日常を壊してしまうかもしれない。


 私は手紙を机の引き出しの奥にしまい込んだ。


 そして、もう二度と取り出すことはないだろうと思った。

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