第12話 竜騎士と魔法使い ※ ③

 結局二人の初めての夜は、朝方まで続いた。

 昼過ぎになってようやくリウが起き上がれるようになると、ラーゴと一緒に竜舎へと向かった。城の敷地内では何人かの竜騎士とすれ違うものの、リウの隣に立つのが認定魔法使いで第一王子だと気づくと皆すぐに騎士の礼を取る。

 どこまで話が広がっているのだろうかと冷や汗をかくリウだったが、結局誰とも話すことなく竜舎へとたどり着いた。

 ガジャラのリウを見て嬉しそうに顔を近づけた。

 リウに触れることができないのだとガジャラも学習しているようで、近くで首をすり寄せる仕草をする。そのいじらしさにリウは胸が一杯になった。

「それでリウ、呪いに対する画期的な考えというのはどんなものです?」

 足腰が悲鳴を上げている中でわざわざラーゴを連れだしたのは、昨晩リウが思いついたアイディアのためだった。ただの思いつきではあるものの、ひょっとしたらという期待がある。

「ああ。この呪いなんだが……その前にラーゴ。お前はまた俺に黙っていただろう」

 話ながらリウは自分のシャツの袖を捲った。

 呪いのせいで、指先から肘にかけてくっきりと赤黒い染みが広がっている。

「呪いによる痛みは、てっきりラーゴが浄化してくれてると思っていた。だが違うんだよな? 俺の痛みをお前が引き受けているんだろう。痛みで食べ物もろくに喉を通らなかったんだと、ゴッドランド宰相が教えてくれたぞ」

「あのタヌキ爺……」

 この国の宰相をタヌキと言えるのは、さすが王族だ。

 その上リウの話を否定しなかった時点で、ラーゴが痛みを抱えていたのは事実だと分かってしまった。

「怒らないでやってくれ。俺が聞き出したようなものなんだ。だからお前は俺に食事を用意しても、自分では食べなかったんだな。気づけなかった自分が恥ずかしい」

 リウが肩を落とすと、ラーゴは目に見えて狼狽えた。

「すみません、リウのせいではないんですよ。痛みは魔法で多少散らせますし、貴方が痛みに呻く姿を見ることの方がつらかったんです」

「ああ分かってる。ラーゴはいつだって俺のために動いてくれている。だけどこの呪いはずっとあるだろう? 俺だって、俺のせいでラーゴが苦しむのは嫌なんだ」

「リウ……」

 知らなかったこととはいえ、リウはラーゴに痛みを強いていた。

 それを知らされた時はさすがにリウも落ち込んだ。だが落ち込むだけならだれでもできる。だから素人考えだろうと、どうすれば呪いによる痛みから解放されるのかと、リウはここ最近、ずっと考えてきたのだ。

「それで、考えたんだ。ラーゴは自分の魔力を作って魔石を作れるだろう? それならこの呪い――竜の魔力そのものを、魔石に作り替えることはできないのか?」

 リウは魔法使いではない、ただの竜騎士だ。当然ラーゴよりも魔力のことなど分からない。

 素人の思いつきとも言える提案だったが、ラーゴはハッとした顔をした。

「なるほど。痛みの元となる竜の魔力を体内で分解せず、そのまま変換して魔石として排出するんですか。それなら痛みを散らすより簡単にできるかもしれません」

「できるか? もしも、もしもそれができるなら……俺は二度と竜に乗れなくても、竜のために魔石を差し出すことができる。すまない、どちらにせよ俺の身勝手な考えだ」

 魔石は竜の好物だ。

 なにもできない身体になっても、せめて魔石を与えることくらいできるなら。

 しかしそれもラーゴの協力あってこその話だということは理解していた。自分勝手な話だと分かっているからこそ、ラーゴの反応が気になった。

 ラーゴはフッと柔らかく微笑み、リウの手をすくい取る。

「やってみましょう。でもリウに愛される竜たちに嫉妬しそうです」

「馬鹿だな、一番はお前だよ」

 クスクスとじゃれあう二人の間に漂う空気は、酷く甘い。

「リウ、キスをしてください」

 乞われるがまま躊躇わず唇を合わせる。

 途端にリウの身体からスウッと何か冷たいなにかが通り抜けていくのが分かった。

「ん、ん……っ」

 舌を絡ませ、喉を鳴らした。思わず引けてしまう腰をラーゴはグイと引き寄せ唇を貪る。

 身体の内側でなにかが動く。それは重なったラーゴの口の方へと吸い込まれていくようだ。

 痛みが発生していない時に、こうして過剰に呪いを吸われたことはない。

 ただの口づけならば何度もあるが、これは呪いを吸うための口づけなのだ。引き受ける側の負担もあったのだろう。だが今はこれまで以上に吸い取られているという実感があった。

「は、……っ、あ」

「リウ、見てくださいこれ」

 促されてリウは自分の腕を見た。

 リウの指先から腕へと広がる痣が薄くなっている。

「えっ……」

 痣が消え、元の肌色しかないリウの腕をラーゴはしげしげと眺める。

「なるほど……この痣自体に竜の魔力が影響していたということですか。確かにリウに痛みがない時は、魔力を吸い出していなかった。もっと早く気づいていれば……いえ、今は先に魔石を作ってみましょう」

 ラーゴはリウから一歩後ろに下がると、目を閉じたまま自らの臍の辺りに手を置き力を籠める。するとラーゴの周辺にふわっと柔らかな光が満ちた。

 光が収まると、ラーゴが差し出す手の中には小さな石がある。

「これが竜の魔力でできた魔石……成功したのか?」

「ええ、大成功です。やはり竜が元々魔物だからでしょうか、魔石へ作り替える手間が殆どない上、痛みを感じる前に消えていく感覚があります」

 ラーゴはラーゴで魔法使いとして、竜の呪いを魔石にできたことへの興奮があるようだ。今までどれほどの痛みを引き受けてくれていたのかと思うと、リウは頭が下がる思いだった。

 細かい作り方やラーゴの手間についてはリウは分からないままだが、感触としては悪くないように思えた。

「これでラーゴが引き受ける痛みは軽くなるだろうか。すまない、俺自身でどうにかできたら一番いいんだが」

「気にしないでください。と言ってもリウは気にするんでしょうが、リウが与えてくれるものであれば痛みであれ嬉しいですよ」

 どこまでが本気なのか冗談なのか。

 だがこんなラーゴの態度に救われてきたのも事実だ。

「それでこの魔石だが、竜に食べさせても安全だろうか」

「ええもちろん。僕達人間には竜の魔力は毒ですが、むしろいい効果を生むかもしれません。その辺の魔物からとれた魔石より、純度が高いですからね」

 魔物の魔力は、人間の身に取り込むと毒となる。

 それは竜の呪いとして引き受けていたリウだからこそ、実感を伴って理解できた。

 リウは手のひらに小さな魔石を置く。それをずっとこちらを伺っていた竜・ガジャラの口元へと運んだ。ガジャラは大きな鼻をクンクンと動かすと、すぐに舌でべろりと魔石を体内へと取り込んだ。

 ゴクンと嚥下する音が竜舎に響く。

 リウは固唾を呑んで見守っていたが、ガジャラは飲み込んだ体勢のまま動かない。

「……大丈夫、か?」

「ギュウウウ! ギュア、ギュア!」

 恐る恐る様子を窺うリウとは裏腹に、ガジャラからは久しぶりに上機嫌な声が聞こえた。

 どうやら口に合ったらしい。むしろ今まで差し出してきたどの魔石よりも反応がいい。

 周囲の竜たちもその味が気になるのか、チラチラとリウたちを見ているほどだ。

 リウはホッと安堵の息を吐いた。

「大丈夫そうだ。よかった、これならラーゴの負担も軽い……し?」

 話の途中で、リウの頬がベロリと舐められる。

 大きな舌はもちろんラーゴのものではない。

 ガジャラが魔石をもっとくれと、催促しているのだ。

 しかし竜の呪いに侵されたリウとガジャラは、お互い触れるだけで鋭い痛みを伴う。

 実際、以前ガジャラに触れた際にはうずくまるような苦痛があった。

「な……っ、ガジャラ大丈夫か? 痛みは、いや、俺にもない……ということは」

「ギュアア! ギュアッ!」

 ベロン、ベロンとガジャラがリウの頬を舐める。

 リウがガジャラの口元に手を伸ばす。

 震える指でそっと硬い鱗に触れるが、痛みは全くなかった。

「なんで、だ?」

 痣の薄くなった自分の手を見つめ、リウは突然の変化に戸惑う。

 黙っていたラーゴは顎に指を添え、なにかを考えていたかと思うと「ふむ」と呟いた。

「これはまだ推論ですが……リウの体内にあった竜の呪い、すなわち竜の魔力ですが、それを魔石に変えてガジャラが取り込んだ。それにより同質の魔力保有者として、以前あった反作用をさらに打ち消すことができたのではないでしょうか」

「つまり……」

「この魔石があれば、呪いを伴ったままでも竜に触れられるということです」

 その言葉に、リウは跳ねるようにしてガジャラの首を抱きしめた。

「ガジャラ!」

「ギャウウ!」

 満面の笑顔で両手を広げるリウに、ガジャラは顔を摺り寄せる。

 まだリウは竜騎士でいられる。

 そして美しく大空を羽ばたくガジャラが見られるのだ。

 なにより触れることすらままならなかったガジャラとこうして喜びを分かち合える。顔をすり寄せてくるガジャラを抱きしめながら、リウは泣きそうになった。

「まったく、自分のことより竜ですか。僕のこと、忘れてませんか?」

 やれやれといった顔のラーゴだが、その光景を見つめる瞳は優しい。

 冗談だと分かっているものの、世話になっているラーゴを蔑ろにしてしまった自覚があるリウは、慌ててラーゴに向き直る。

「す、すまない。そういうつもりじゃ」

「冗談ですよ。リウが嬉しそうなら、僕も嬉しいですからね」

 その慈愛に満ちた瞳がリウの胸を締め付ける。

 なぜここまで献身的にリウを愛してくれるのだろうか。

 感情のほとばしるままに、リウは思わずラーゴに飛びついた。ラーゴの身体はなんなくそれを受け止めた。

「本当に、本当にありがとう……! 俺がこうして過ごせるのも、再びガジャラとの縁が繋がったのも、全部ラーゴのおかげだ」

 腕の中に飛び込んできたリウを、ラーゴは愛おしそうに抱きしめる。

「今度は、是非僕も竜に乗せてくれますか?」

「ああ、もちろんだ」

「ギャウウ!」

 打算で始まったと思っていたラーゴとの関係が、まさかこんな形で落ち着くとは。

 竜舎には賑やかな声が響き続けていた。


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