7-5

 息を深く吸って、なるべくゆっくりと吐く。もう一度吸って、息を止めながら窓枠を蹴った。足が宙に浮く。足に何も着かない。シャー! と微かにワイヤーの擦れる音。

 両手に体重が掛かって、すぐに窓が迫る。そうだった、割れたガラスに当たる、と足を引っ込めたら、腕に衝撃が加わった。ワイヤーの終点だ。思いのほか勢いが付いていたので衝撃も大きく、新人が手を離してしまうと慣性の法則に従い体はビルの中に飛び込んでいった。

 ドッ! とそれなりの大きさの音を立て、クラッシュが新人をキャッチする。彼は正面から飛び込んできた彼女を受け止め、そっと床に下ろしてちゃんと立ったのを確認してから自分の胸を摩った。

「すみません」

 彼女自身は彼のお陰でどこも痛くなかったが、彼がちょっと痛そうなのを見て謝る。

「いいんだ。強く蹴れって言ったもんな。予想はしてた」

 こほ、と顔を背けて一度空咳をしたクラッシュは、気にするな、と片手を振った。

「よく声を出さなかったな」

「出したらばれると思って」

「あーアあ〜って叫んでもよかったのに」

「ターザンじゃないんですよ」

 欲しい返事が得られたのかクラッシュはにい、と笑う。

「そもそも封鎖して調査してるのってニューヨーク市警なんですよね? 協力を仰いで入れてもらえばいいじゃないですか。何で自分たちの職場に命の危険を冒して忍び込まなきゃいけないんですか」

「そいつは難しい問題でな。NSBがFBIの対テロ組織機関なのは分かるだろう? そして、FBIというのは基本的に各地の警察と仲が悪い訳だ。お互いに捜査権を奪い合っているからな。市民の平和を思えばどっちが捜査したって早く解決すればそれでいいんだから下らないことは止めるべきだと俺も思うが、あまり協力はしない。

 普段はレディが『事件性はないものとして揉み消してほしい』とか無茶を依頼しても聞いてくれている市警も、今回のように大っぴらに事件が起きると捜査せざるを得ない。そして俺たちNSBは市警が情報を寄越すのを待て、ということになっている。でも、レディが攫われてるのにそんなの嫌だろう?」

「それでエレベーターも使えずに命綱なしでジップラインですか」

「基本技術だから慣れておいた方がいいと思ったんだ。……そう怒らないでくれ。レディがいれば市警に上手に頼んでくれることもあるんだけどな。UXはもっと上の立場だからいろいろ難しいんだ」

 理由は分かったから、いきなり絶対に失敗のできない本番じゃなく事前に練習をさせてほしい。そしたら焦らないから、と新人は思ったが、立派なNSBのエージェントになるには他に道はないのだろうか。入ってからここまで実戦に次ぐ実戦である。警察学校にいた頃は訓練漬けの日々で、休日にうっかり実戦で強盗を捕らえてしまったことが異例中の異例だったというのに。

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