7-6

 辺りには焦げ臭い臭いが漂っていた。真っ暗なので持参した懐中電灯を点ければ、床や壁は煤で汚れ、デスクやコンピュータの破片が足の踏み場もないほど散らばっている。随分とガラス片が多いが、隠し扉のあった壁一面の鏡が割れているせいだった。

「足元に気をつけろよ。この様子だと期待はできないが、連中の痕跡やレディからの手掛かりが残っていないか手分けして探そう」

 クラッシュに指示され、新人は頷いた。廃墟のように崩壊した室内は不気味だ。二人の靴が一歩一歩ガラスを踏みしめる以外の音はなく、静まりかえっている。新人はそこに何が置いてあったか、昼間の光景を思い出そうとしながら手持ちのライトを右へ左へと振った。

 新人がUXのいた情報統括部を調べている一方で、レディのいた会議室を調べていたクラッシュが微かに呟く。

「酷いな」

 隠し部屋を隔てていた壁は他の部分に比べて脆かったらしく、全て壊れていて今は筒抜けだ。新人はクラッシュの声でそちらを見る。彼にしては随分と小さいその声色が普段と違った気がしたからだ。

 がらんどうになった部屋の中央に真っ直ぐに立つ彼は、黒手袋の指先をマホガニーのデスクだったであろう残骸に滑らせたところだった。

 その仕草をつい最近見た、と新人は思う。レディの壊れたパソコンが見つかったときに。

 新人にとっては数時間も過ごさなかった職場だが、彼にとっては違うと気がついた。

 クラッシュは新人が見ているのに気づいてすぐに微笑む。

「この部屋、そっちと随分雰囲気が違っただろう。レディの趣味なんだ。どこかから気に入ったアンティークを見つけてきては運び込むのを手伝わされた」

 手伝わされた、と話す声が嫌そうではなかった。

 現在、クラッシュや新人に家はない。定住すると恨みを買った人間に特定されるリスクが上がるというのと、各地を飛び回る任務の都合上便利だというのでホテルを転々としている。

 すると、職場であるはずのこの会議室は、彼らにとっては家のような物だったのかもしれない。ここから任務へ出発し、終わったらここへ帰ってくる。

 居心地が良くなるように、皆で楽しんで少しずつ作り上げてきた部屋が無惨な状態になったら、と考えると新人は言葉に詰まってしまった。少し乱暴に瓦礫を漁る。

「温かみのある部屋だな、と思ってました」

「だろ?」

 クラッシュの声が弾んだ。

 新人は砂埃に塗れた手を払う。三十分もすれば部屋は調べ尽くしてしまった。一度、市警が捜査した後だ。藁にも縋る思いでやってきたが、「チーム」がレディを連れ去った場所が分かるような物は残されていない。

 クラッシュを見やれば彼も同じだったようで、軽く息を吐いて頷いた。

「言いたくはないが、帰ろう。ここにいても仕方がない」

 クラッシュはフックを取り出す。帰るって、そうか、帰りも当然これだよな。と新人もげんなりしながらフックを握ったときだった。

「シッ!」

 クラッシュが短く言って、二人は廊下側の壁に背中を貼り付けて息を殺す。静寂の中、遠くでポーン、とエレベーターの停まる音が聞こえたのだ。

 カツン、カツン。

 隠すことのない革靴の規則正しい足音と、ジャラジャラと鍵束の揺れるような金属音。廊下にゆらゆらと光の線が走り、足音は徐々に近づいてくる。クラッシュと新人は胸の前で拳銃を構え、その音の行方を固唾を飲んで聞いていた。

 足音が、吹き飛ばされてドアを失った入り口の前で止まる。

 二人は同時に拳銃を構えて乱入者の前に飛び出た。新人だけが癖で叫ぶ。

「動くな!」

「おいおい、撃つなよ、待ってくれ。こんな夜中に何やってるんだジェイス」

「ええ? ショーン?」

 新人は拍子抜けした。ライトを握り、警備員の紺色の制服に身を包んだ男は、昨日出会ったこのビルでNSB職員以外の唯一の知り合いであった。

「やあエリー。銃なんか持ってどうしたんだ。驚いちまっただろう」

 銃を下ろした新人にショーンは愛想良く笑う。

「いやこれは、その、護身用で」

 新人はごそごそと銃を仕舞いながら誤魔化した。こんな爆破現場で深夜に銃を持っているのを見られた時点でどう言い訳をしても無駄な気がするが、NSBのことは隠さなくてはいけないはずだ。

「酷い先輩に付き合わされてこんな時間まで残業か? 肌のためには早く寝た方がいいぜ?」

「えへへ、そうですよね」

 新人は下手くそな愛想笑いを返す。

「やあ、ショーン。こんなに良い先輩に向かって酷いとは随分な言い草だ」

 クラッシュがにい、と笑った。暗闇に慣れた目に白い歯が映る。

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