7-3

 車は静かに路肩に止まった。あれ、という顔をする新人にクラッシュは言う。

「ビルは封鎖されているが、警察の捜査中だし警備員もいる。正面まで行ったら目立つからここからは歩いていく」

 クラッシュに付いて少しの距離を歩いた。ホテルの近くの歓楽街は新人がたまげるほどこの時間にしては賑やかだったが、ビルがあるのはオフィス街なので皆が退勤した今は静かだ。

 クラッシュは下水道管理局まで辿り着くと、自然さを装ってその隣りのビルに入った。新人は疑問に思いながらも付いていくしかない。事前に聞いていた通り、下水道管理局の周囲は立ち入り禁止の黄色のテープが張られ、警備員が巡回している。

 彼らを横目に、これまたオフィスビルの入り口の暗証番号を押す。四桁のそれをクラッシュは元々知っているらしい。

「隣りだからな、何かと便利なんだ」

と呟いた。

 鍵が開き、ドアを引いて入る。廊下に面した小窓の向こうに警備員がいた。

「こんばんは。忘れ物を取りにきたんだ。お互い大変だな」

 クラッシュは笑いかける。「どうぞ」と警備員は気のない返事をした。彼は迷いなく進み、エレベーターに乗る。廊下は暗く、庫内だけが明るいので新人は目を細めた。ドアが閉まる。

「エレベーター恐怖症になりそうです」

「ああ、そうか。他に誰も乗ってないときは大丈夫だぜ、と言ってやりたいが、君は怖がって警戒するくらいがちょうどいいかもしれないな。よし、『エレベーターは密室だから気をつけろ』」

「いろいろ遅いし正直すぎます。はああ……私有地に不法侵入するのって緊張しますね」

「仕方のないことだが、緊張はなるべくしない方がいいぜ」

「そんな無茶な。クラッシュは緊張感ないですよね」

「スパイが疑われないために最も大切なのは、相手に緊張感を与えないことだ。こっちが緊張すれば、当然相手も緊張する。緊張感がないってのは褒め言葉だぜ?」

「勉強になります」

 たしかに、クラッシュと話していれば緊張を忘れてしまう気がするのだった。批判を意に介さないクラッシュに呆れつつも、新人は納得する。

 ドアが開き、再び真っ暗な廊下を進んだ。非常口の緑の明かりだけがつるりとした床に反射している。窓に下ろされたブラインドの向こうの、街灯の明かりの方が室内よりも明るかった。

「それで、こっちのビルに登ってどうするんですか?」

 新人はきょろきょろと周囲を見渡す。

「あっちは立ち入り禁止なんだからエレベーターが停められてるだろう? 警備員の目を盗んで侵入するのは簡単だが、十五階まで階段を登りたくない」

 だからこっちから渡る、と言いながらブラインドを上げ、クラッシュが静かに窓を開ける。夜の冷気が吹き込んだ。

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