5-7

 このホテルへ向かって、とUXがクラッシュに通りの名前を伝える。新人は最初クラッシュとUXが話し合うなら自分が運転しようと申し出たが、「俺は運転が好きなんだ」とクラッシュに断られた。

 確かにカーチェイスさえしていなければクラッシュの運転は意外にも静かで、新人は危うく眠くなったところでホテルに辿り着く。いや、とんとん、とスナイプに肩を叩かれ「はっ!」と叫んだ時点でもはや寝ていたのかもしれない。口の端を拭いながら、勤務中にうたた寝するなんて大失態だ! と青褪めたが、スナイプは唇に人差し指を押し当てるだけで微笑んでいた。

 ホテルのスイートルームに入るやいなや、大量のコードを繋いでパソコンや通信環境を整えている職員の周りでクラッシュが盗聴器の類を部屋中探し回る。

「よし、話していいぜ!」

 新人にも方法を解説しつつしばらく天井から床まで探査機を持って広い部屋の中を這いずりまわっていたが、納得したのか、ぱん! と手を叩いて笑顔を見せた。

 尚、新人たちは全員入室前にトイレで服も靴も全て取り替えている。それが自覚していない間に衣服に取り付けられる小型盗聴器への対策としては最も効果的だからだ。

「ダミーとしてここ以外にもニューヨーク市内に複数の拠点を取ってあるわ。出入りの際は尾けられていないか充分注意するように」

 UXはビルを爆破されたテロ行為の件で公式発表についてなどの話し合いを政府としなければいけないらしく、「あとは任せたわよ」と言って部屋から出ていった。

 新人は大都会の高級ホテルのスイートルームに入ったのなんて初めてだ。きょろきょろと所在なげに豪華なインテリアを見渡し、最終的に巨大なソファの隅にちょこんと腰を落ち着けた。

 そんな新人を見ていたクラッシュはちょっと笑い、同じソファにどかりとやってきて足を組む。

「この部屋、贅沢すぎて落ち着きません。何でスイートルームなんですか」

「まあ、豪華である必要はないんだが。そこそこの人数が出入りするからな。機材も持ち込むし、部屋の広さとセキュリティが必要なんだ。政府の用命なら費用も掛からないしな」

「えっ」

「ルームサービスなんかは付いてないから頼むなら自腹だけどな」

 コーヒーくらいならタダだぜ? と言い、勢いを付けて立ち上がるとクラッシュは湯気の立つカップを二つ持って戻ってきた。

「わっ、ありがとうございます」

 ふー、ふー、とカップを吹き、新人は口を付ける。ふわりと漂う、普段飲むメーカーよりも少し高級なブランドのインスタントコーヒーの香り。

「はー、おいしいです」

 新人はクラッシュに向かって微笑んだ。熱い液体が喉を通って腹に落ち、体温を上げる。

 ころん、と涙が頬を転がり落ちていく。

「ぅわっ、……わあ、」

 新人は慌てて手のひらで拭うが、涙は後から後から溢れて高級な絨毯に落ちた。

 コーヒーに口を付けかけてサングラスを曇らせていたクラッシュは、カップを置いてまた席を立つ。洗面所へ行き、すぐにティッシュペーパーを持って戻ってきた。

「ありがとうございます」

 新人はティッシュで頬を拭き、ずるずると鼻をかむ。

「泣いたりしてごめんなさい。私がこんな良い部屋で呑気にしている間にも、レディはどんな目に遭っているんだろうって心配で。私なんてクラッシュが一緒にいてくれても、追いかけられるだけであんなに怖かったのに」

「……女性の前でする話じゃなかったな。怖がらせた。ごめんな」

 新人は首を横に振る。

「私、約束してたんです。クラッシュがレディにあげたチョコレート、『一緒に食べましょうね』ってレディが誘ってくれて。遠慮したんですけど、『クラッシュはそんなことで怒らないから』って。レディ、大事に鞄に仕舞ってたのに、あの爆発でもう粉々になっちゃったかもしれませんけど」

「怒らないさ。また探さないとな。今度は両手に抱えきれないくらい買ってきてやる」

 両手をきつく組んだクラッシュが宙を見つめて言う。新人はまたちょっと声を上げて泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る