7話 鋼鉄の迷宮
静寂を破ったのは、俺が放った一筋の炎だった。
指先から放たれた火球が、夜の闇を切り裂き、虚獣から大きく離れた倉庫の壁に着弾する。轟音と共に爆ぜる炎が、奴の注意を引く狼煙となる。
「――今だ! 行け!」
俺の合図で、順が怜の前に立ち、タワーシールドを展開する。今回は人2人が入れる程のコンパクトサイズ。鏡面の盾が周囲の風景を映し込み、二人の気配は闇に溶ける。
狙い通り、虚獣の顔は爆発があった倉庫へと向く。
その視線が俺たちから逸れる。好機(チャンス)だ。
俺は倉庫の陰から飛び出し、二人とは別方向へと駆け出した。
目指すは、巨大なクレーン群。あそこなら、奴の視線を避けながら広範囲に炎を撒いて陽動できる。
ギギギ……と、耳障りな金属音が響く。
虚獣が見ていた倉庫が、虚獣の念動力でゆっくりと持ち上げられ始めた。やはり、奴の能力の発動条件は「視認」で間違いない。
俺は次の隠れ場所へ滑り込みながら、再び炎の矢を放つ。今度は全く違う方角へ。虚獣の注意を常に引きつけ、順と怜の所にその巨大な頭が向かないように振らせ続ける。
危険な綱渡りだ。でも今の俺らがやれる最善策と信じて突き進むしかない。
その瞬間、ゴウッ、と風を切る音がして、背筋に悪寒が走った。
振り返るより早く、地面を蹴る。直後、さっきまでいた場所に、小型トラックが空から降ってきて、地面で粉々になった。奴の視線が、陽動の炎たちから、炎出元である俺の付近と移り始めたのだ。
「まじか……! 気づかれるのが早すぎる」
そう言いながら、俺はクレーンの鉄骨を駆け上がる。
入り組んだ鋼鉄の骨組みは、奴の巨体からは死角の多い、絶好の迷宮だ。
「っらぁっ!」
クレーンのアームから眼下のコンテナ群、そしてまた別のクレーンへと飛び移る。絶えず位置を変え、奴の視界から消え続ける。
虚獣は苛立ち、俺が潜むコンテナ群を、手当たり次第に浮かべ、落とし始めた。一つ一つが家屋ほどの大きさを持つ、鋼鉄の凶器。それが、雨霰と降り注ぐ。
俺は、その死の雨を潜り抜けながら駆け抜けていく。
巨獣の視線と、落下してくるコンテナの影を読み、避ける方向を瞬時に判断する。投げつけられる鉄骨の先端を、最小限の炎で溶かして逸らす。
1つでも選択と挙動を間違えたら死ぬ。脳が焼き切れそうなほどの、極限の集中。
「――くそっ!」
だが、物量が多すぎる。
俺の真上と左右、三方向から同時にコンテナが迫り、逃げ場を完全に塞がれる。
咄嗟に両腕を交差させ、全身から炎を湧き出し、前方に叩きつける。爆風で俺の体は後方へ吹き飛ぶが、コンテナの直撃だけは免れる。瓦礫の上に背中から叩きつけられ、肺から空気がすべて絞り出された。
その頃、順と怜もまた、死と隣り合わせだった。
シールドで身を隠し、慎重に進んでいた二人の頭上に、巨大な影が差す。虚獣が無差別に無数の瓦礫を落とし始め、それに巻き込まれたのだ。
全速力で走る二人。
「順!」
「わかってます!」
順は怜の隣で、タワーシールドを頭上に掲げる。
直後、コンテナがシールドに直撃する。
ズゥゥンッ!と地響きが鳴り、シールドに非常に大きな衝撃がかかる。順はそれを支えているが、その衝撃で足が地面にめり込み始めた。シールドの表面には、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
「ぐ……おおおおおっ!!!」
順の絶叫。彼の能力により、何とか瓦礫をはじき飛ばす。
『奏斗! あと少し! もう少しだけ、時間を稼いで!』
インカムから、怜の切迫した声が届く。
「任せろ!
俺は、再びクレーンの頂上へと駆け上がる。
そして、あえて奴の前に、全身を晒す。
「――こっちだ、化け物!」
挑発するように、炎を全身から滾らせ視線を誘導する。
先程までのチョロチョロと動き回る俺へのフラストレーションにより完全に頭に血が上っていた虚獣が、周囲に浮いていた全てのコンテナと瓦礫を、俺一人に向かって放つ。本当は俺を対象に念動力を放てばいいのだが、冷静さを失っているのだろう。
視界を埋め尽くす、鋼鉄の壁。
絶望的な光景の中、俺は不敵に笑った。
お前が俺へ攻撃をしているということは、怜と順を見ていないということだ。
「バーカ。まんまとひっかかりやがって」
それでいい。
それが、俺の役目だ。
俺は、迫り来る鋼鉄の津波に向かって、最大級の紅蓮の炎を放つ。
「―――燼滅炎・烈火!!」
火を絶やすな、放て、放て、放ち続けろ!
そして耐えろ、耐えろ、耐え続けろ!
そうすれば
「うおおおおおおお!!!!!! 」
炎の噴出によりコンテナと瓦礫群を押し返しながら、その熱により溶かしていく。
もう少し、もう少しだ……!
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