◆第3章 新しい捜査と人間関係
オペラの提案と、少しだけ待ち遠しい週末
「ボスがお見えになりましたよ」
マルタの声に、エリールは顔を上げた。
玄関に立つキャプスは制服姿のままだったが、令嬢たちが騒ぐだけあって、ただの学生というにはあまりにも整い過ぎていた。
(まるで、どこかの俳優みたいね。見た目はとてもいいわ。中身はよくわからないけれど)
「キャプス様、ごきげんよう。同じ学園に通っているのに、意外と会わないものね」
「意外と元気そうだな」
「……私はいつでも元気よ?」
「そうか?」
フェスタと別れ話をするために会ったことも知っていた彼である。自分の心が見透かされているようで強がってみせた。
「ところで、今日は頼みたいことがあって来た」
「頼みたいこと?私に?」
キャプスは新しいソファに腰を下ろすと、マルタがコーヒーのカップを差し出した。彼は砂糖もミルクも入れずに飲んだので、エリールは密かに感心した。
(こなれた感じで座ってブラックを飲むなんて、さすがボス。様になるわね)
「どこを見てる?」
「いえ、ソファに座ってコーヒーを飲む様子が絵になると思っただけよ」
「ああ、このソファどうだ?」
「とても座り心地がいいわ。ありがとう」
ソファは、前回キャプスが訪れた時に、必要だろうと用意してくれたものだ。
「ところで、頼みたいことがあると話しただろ」
「ええ。何かしら?」
「少しばかり組織の手伝いをしてもらいたい」
キャプスが意外なことを言ったので、エリールは目を見開いた。
「あら、私を組織には関わらせないつもりではなかったの?」
「そうだが、こちらにも事情があるんだ。危険ではない。僕と一緒にオペラを観に行くだけだ」
「オペラ?」
思わぬ単語が出てきたので、エリールは思わず聞き返した。
「オペラ鑑賞が、どうして組織の手伝いになるの?」
「気になることがオペラ座にあってな。この国ではオペラ鑑賞は、ペアで行くのがマナーだろ?エスコートするにしても、適当な女性がいない。だから、君を連れて行きたい」
「学園でいつも令嬢に囲まれているじゃない」
「そんなのを誘ってみろ。後が大変だ」
「ああ、なるほどね」
エリールは口元を緩めた。そもそも、彼は人と距離をとるタイプだ。群がってくるような女性は、特に距離を置きたいだろう。
「お世話になっているんだもの。もちろん、協力するわ。でも……」
エリールが顔を曇らせると、キャプスが顔をのぞき込む。
「なんだ?嫌なのか?」
「そうじゃないわ。その、オペラ鑑賞に行くドレスが無いわ。必要がない時は実家に置いているものだから」
「ああ。普段は制服しか着る機会がないからな。マルタ、ドレスの手配を頼む。金は気にするな」
「はい。かしこまりました」
マルタは表情を引き締めると、頭を下げた。
「開演時間は遅い。帰宅は日付が変わる頃になるだろう。行きも帰りも僕が送るから、心配はいらない」
「私、オペラを観るのは初めてなの。ドレスアップも久しぶりだわ。はしゃいではいけないだろうけど、ちょっと楽しみだわ」
「君は気にせず、楽しんでくれるだけでいい」
キャプスは、エリールの笑顔を見ながら、ふと昼間の光景を思い出した。
「フェスタのことだが……しばらくは継続してラビィのそばにつかせる。犯人がまだ捕まっていないからな。聞いているだろ?劇場での件を」
「管理人のおじいちゃんに聞いたわ」
「やはりな。まあ、そういう事情がある。だから、気にするな」
素っ気ない言い方だったが、彼が気を使ってくれたのはエリールにもわかった。
(もしかして、昼間のことを見られていたのかしら?)
キャプスはほかには何も言わず、部屋を後にした。
(敬語をやめてから気さくな会話をするようになったけど、まだ、よくわからない人だわ)
ふとマルタを見ると、メモ帳を取り出して何か書きつけていた。
「何を書いているの?」
「オペラ鑑賞で着るドレスのことですよ。すぐに取り掛からねば」
「そんなに気合いを入れるもの?既製品のドレスでいいのよ?」
「ドレスを着るならお嬢様の美しさがもっとも反映されるものにしないと!」
マルタはなぜか気合いが入っていた。
(普段、制服姿ばかりだものね)
まだ、成人にならない年齢だと舞踏会に行く機会もない。だから、おしゃれできる場はマルタも張り切るのだろう。
「まあ、よろしく頼んだわ」
「はい!お任せを」
週末が待ち遠しくなったエリールだった。
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