楽屋の花と偽りの優しさ

フェスタはロビーに飾られていた花を左手に持ちつつ、右手は懐を探った。


(やり合うことにならなきゃいいけどな)


廊下は狭くて照明も心もとない。足音が吸い込まれるような静けさの中、扉の前で2度ノックした。


開いた扉から顔を覗かせたのは、自分の母親くらいの年齢の女性だった。明るい声と笑顔に、懐に添えていた右手をゆっくりと離す。


「は〜い、どなた~?あら、お花のプレゼントね!お目当ては誰かしら?私?」


扉を開けた女性は母親ほどの年齢でラビィに似ていた。にこやかに話しかけてくる。


「いえ、ラビィさんにこれ……」


フェスタは花を少し持ち上げて見せた。茎は少し曲がって葉は一部折れている。苦しい言い訳かもしれないと思ったが開き直ることにした。


「まあ、きれいなお花ね。ラビィの新しいボーイフレンド?あの子、今は舞台の方でファンの方とお話しをしてるの。すぐ呼んでくるから、ここで待っててね」


壁際の椅子を勧めた女性は、軽やかに舞台の方へと消えていく。フェスタは言われるままに腰を下ろして待った。


やがて、プレゼントを抱えたラビィが現れた。フェスタを見て驚いている。


「フェスタ様……どうしてここに?」

「その……あんたの話をもう少し聞いてやるべきだったなと思って」

「それでお花まで……?」


フェスタの手元に視線が注がれる。花は先ほどよりも元気がなくなり、しおれかけていた。


「これはしおれているから今度ちゃんとしたのを持ってくるよ……それより、あんた演技うまいんだな」


フェスタは花をゴミ箱に放り込み、ごまかすように演技の話を切り出した。


「このお花、捨てたらいけないわ。演技を褒めてくださってありがとうございます」


ラビィがゴミ箱から花を拾いながら言った。ロビーの花だと気付いているみたいだ。


「……感動して泣きそうになったよ」

「ふふ。そんなふうに言ってもらえるのは本気で嬉しいです」


ラビィは花を胸元にそっと抱えながら、目尻を緩めた。彼女の表情は、演技じゃなくて自然な喜びに見えた。


「この劇団、客集め以外に困っていることはあるのか?」

「なぜ、そんなことを聞くんです?」


ラビィの目が突然、探るように鋭くなった。


「あんた、泣いてオレに言ってたじゃないか。親身に心配しているのさ」

「今のところは、お客さんを集める以外には特に……」


ラビィは言いながら、花の茎を指先でいじった。


(やはり、何かを隠しているような様子に見えるな)


どうやって肝心の薬の件に辿り着くように話そうかと考えていると、別の声が空気を割った。


「ラビィ、その方はどなただい?」

「お父さん!この方はフェスタ様といって学園の先輩なの」

「学園というと……貴族の方でしたか。失礼しました。こんな粗末な楽屋で申し訳ないです……ハハハ」

「もう、お父さんったら。粗末なんて言ったら恥ずかしいわ」

「すまんすまん。でもな、いずれはもっと綺麗な劇場になるだろうから」

「建て替え予定があるんですか?」


父親の気になる発言にフェスタは尋ねた。


「いや、まだ具体的な話はありませんが……仮定の話ですよ」

「お父さん、フェスタ様のお父様は警備隊なのよ。……もし、悩みでもあるとしたら、力になってくれるのではないかしら?」


突然、ラビィが警備隊の話を出してきた。すると父親の表情がわずかに揺れた。


「え、警備隊?」

「もし、悩みがあればオレが相談に乗りますが」


フェスタが言うと、父親は慌てたように手を振った。


「いやいやいや……そんな、貴族様に無理は言えませんよ……ラビィ、遅くなる前にフェスタ様をお見送りしておいで」


まるで、これ以上の会話を避けるように楽屋を出された。


フェスタは彼女の父を怪しみながらも言葉を飲み込み、ラビィと並んで楽屋を後にした。


廊下に出ると、夜の空気が肌を刺すように冷たい。ラビィの衣装は薄くて肩をすくめていた。


「これ」


フェスタは自分の首に巻いていたショールを外すと、ラビィの首に巻いた。


驚いたラビィが、フェスタを見上げる。


「あー……寒そうだったから。……それだけだ」

「フェスタ様、ありがとうございます!」


フェスタが歩き出そうとすると、ラビィがそっと腕を掴んで引き留めた。


「……フェスタ様。明日、学園でお話したいことがあります。お時間いただけませんか?」

「学園で?」


薬の件かもしれない。話は聞きたい。──でも、学園はまずい。エリールに見られたくない。


「学園じゃ落ち着かねえし、街のカフェは?ケーキぐらい、ごちそうするぜ」

「カフェ……いいですね」


ラビィは嬉しそうに頷いた。なんだか嬉しそうなその笑顔に、フェスタは少しだけ罪悪感を覚える。だが、どうしてもエリールに見られるわけにいかない。


「“アージョ”って店、知ってるか?」

「はい。美味しいケーキのあるカフェですよね?」

「そうだ。明日の放課後、そこで待ち合わせでいいか?なるべく早く行って待ってるから」

「はい、わかりました」

「じゃあ、明日な」


フェスタは手を軽く上げて劇場を後にした。ラビィは見送りながら、胸元の花をそっと抱きしめていた。


(人の善意に付け込んでいるみたいだな……)


そう思いつつ、すぐにフェスタの頭の中は、エリールに見つからないようにすることでいっぱいになった。

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