裏庭で交わした最後の言葉

翌日、学園の校門でフェスタが待っていた。


「エリール、話だけでも聞いてもらえないか?」


真剣な表情で声をかけてきた彼に、エリールは静かにうなずいた。


「放課後……あの裏庭でいいかしら」

「エリール……!ありがとう。早く行って待ってるから!」


嬉しそうに駆けていくフェスタの背中を見ながら、エリールの胸は痛んだ。


(フェスタ、なんでそんな嬉しそうな顔をするのよ……)


ふいに背後から声をかけられた。


「どうしたんですか?そんなところで立ち止まって」


振り返ると、キャプスが歩いてくるところだった。


「ボ……キャプス様、おはようございます」


言いかけた“ボス”の言葉に、キャプスが鋭く目を向ける。


彼が裏組織のボスであることは、もちろん秘密だ。組織の中でもその存在を知る者は限られており、漏らせば誰が言ったかすぐに伝わる仕組みになっているほどだ。


「遅れますよ」

「……そうですね。急ぎましょう」


エリールは彼と同学年だから同じ教室棟なのだが、距離を取って教室へ向かった。


彼に必要以上に近づかないのは、そう望んでいるように感じたからだ。それに、必要以上に近づけば女子生徒たちからにらまれるのは必至だ。


(ボスにはフェスタを許さないと言ったのに、放課後に会うなんて知られたら気まずいわ)


エリールは放課後のことが気になってなかなか授業に集中できなかった。


――放課後。図書室裏の角を曲がると、顔を輝かせたフェスタがいた。


「エリール!ありがとう!来てくれて!」

「お礼を言われることではないわ。……ただ、あなたの言い分も聞かずに避けてしまったから、来たのよ」

「避けられても当然だ。オレはそれだけのことをしてしまったんだから」


フェスタが視線を落としながら言う。


(さすがに能天気なフェスタでも反省しているのね)


エリールは、手元をぎゅっと握りしめた。


「そこに座って話しましょう」


木陰のベンチに2人で腰を下ろしたが、エリールがフェスタと距離を取って座ると、彼は悲しそうな顔をした。


「その、ラビィって子にキスしちまったのは……励まそうとしたら起きた出来事で、わざとじゃないんだ。だから、深い意味なんてない」

「それが理由になると思うの?励まそうとしてキスしたなんて、私には理解できないわ」


エリールは顔を少ししかめ、視線をじっとフェスタに向けた。


「いつもエリールにしてたみたいに、習慣でしちまったんだ……」

「習慣で?泣いてる子がいたら誰にでもキスするの?」

「そうじゃないけど、劇団の経営が厳しいとか言って泣かれたから、つい……」

「それって、単に色仕掛けに引っかかったということじゃない」


その言葉に、フェスタの肩がピクリと動いた。目を見開いている。


「そ、そうか。オレは色仕掛けに引っかかったってことだったんだな。オレ、バカだからさ。すぐそういうのに引っかかっちゃうのかもな。あはは……」


彼は頭をかきながら笑った。


パシン!


乾いた音が、裏庭の静けさを裂いた。


「ふざけて言うならここに来なければよかったわ。あなたは私の気持ちを全くわかっていない」


エリールは、叩いてじんじんと痛む指を押さえた。視界が少しだけにじんできた。


「……ごめん!ふざけたつもりはなかったんだ。オレ、説明が下手で……どう言えばいいのかわからなかった。オレがあの子に何の感情もないのは本当だよ。エリールだけが大事だ」

「大事ならあんなことしないでしょう」

「すまねぇ……ほんとにすまねぇ」


フェスタは赤くなった頬をそのままに、うつむいた。


「私があの部屋に来なかったら、あなたたちはどうなっていたかしら。……そう考えると、私は謝られても冷静になれないわ」

「何も起きなかったはずだよ……」


フェスタの肩は力なく落ち、視線は宙を漂っていた。


「どうしてそう言えるの?あなたはキスしたのを“つい”って言ったわ」

「オレも自分でわからないんだ。何であんなことしちまったんだろうって」


フェスタは、言いながら自分の膝を見つめていた。指先に力が入って白くなっている。


「私、あなたのことをとても信頼してた。……だから、裏切られたことを許せないの」


立ち上がると涙があふれてきた。


(胸が痛い。私、この人を本当に好きだったのに)


涙をぬぐい、立ち去ろうとした瞬間──フェスタが後ろから抱きしめてきた。


「ゴメン……ゴメン。2度とあんなことしないから……」


フェスタは、エリールの肩に額をそっと押しつけ、声を震わせていた。


「オレ……エリールのこと、失いたくないんだ……」


背中ごしに感じる彼の感触に、いつも励ましてくれる時にしてくれたハグを思い出して、余計に涙がこぼれた。


(許したとしても……また同じことが起きたら?)


エリールは、フェスタの腕をほどいた。


「あなたが悔やんでいるのはわかる。でも、私はどうしてもあの場面を忘れられないわ。……だから、もう終わりにしましょう」


フェスタは絶望した表情を浮かべた。


「今後も顔を合わせることはあるでしょう。その時は……知り合いとして接することにするわ」

「嫌だよ!そんなの!オレにとってエリールは特別なんだ!」


フェスタは泣いていた。


(この人の泣き顔なんて初めて見た)


涙を拭おうともせず、悲痛な表情を浮かべている。


エリールの胸は締めつけられるように痛んだ。


「……行くわ」


エリールはくるりと背を向けると、裏庭の小道を駆け出した。振り返らなかった。

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