フェスタへの思いと、揺れる心

窓辺でマルタが外の様子を伺っていた。


「お嬢様、フェスタ様がお帰りになりましたよ」

「やっぱり来たのね」

「お嬢様との仲を認めたのはボスですし、こちらにいると思ったんでしょう」

「ボスにどう話したのかしら?」

「さあ、どうでしょうね。ただ、命を取られることはなかったってことですね」

「そうね」


扉がノックされた。マルタが開けるとキャプスが立っている。


「フェスタが来ましたよ」

「ええ、そのようですね」

「そのことで少し話があります」

「わかりました。ではマルタ、お茶を──」

「いや、茶は結構。少し説明しようと思っただけですから」


エリールがソファへとすすめると、キャプスは静かに腰を下ろした。


「フェスタは、君とやり直したいようですですが、どう思っていますか?」

「……許す気にはなれません。あの子に本気じゃなかったと言われたとしても裏切ったことには変わりません」


エリールの言葉に、キャプスはうなずいた。


「そう言うだろうと思いました。僕も今後、君に近づかないよう伝えておきました」

「彼、素直に聞いたのですか?」

「いいや。床に頭を打ち付けて嫌がってましたね。これを聞いて心が揺れましたから?」

「いいえ……。おバカな人って思っただけです。あの人、単純だから。……でも、そんな私も彼の一直線なところにほだされたんですけど」

「未練は?」

「ありません。まーったく」


エリールはティーカップに口をつけようとしたが、注がれていないことに気づいて、そっと手を引いた。


「あらいやだわ。お茶が無くなっていたのだわ」


少し動揺したように言うエリールに言葉に、キャプスは一瞬だけ視線を逸らした。


「明日には、組織が所有している建物に移れるようにしておきましょう」

「ありがとうございます」


キャプスは部屋を後にした。


「ボス、フェスタの味方をしに来たわけではなかったわね」

「組織内に関わることでもありますしね。これがきっと一般の方相手に起きたことなら放っておいたはずです。ですが、お嬢様は幹部のご令嬢でもありますから」

「親切心でもなく、同情心でもないってことよね。やはりボスらしく冷静だわ」


ただ淡々と、今後の手を打ってくれたのだろうが、寮ではない新居を手配してくれるのは嬉しい。


(腹心で親友にもあっさりなのね)


でも、それでいいと思った。もし、親友として説得されていたら面倒なことになったに違いない。


学園には卒業まで通わなければならないし、あと1年半はフェスタと学園で顔を合わせることになる。寮住まいなら朝昼夜の食事も基本的に寮でとることになるからなにかと面倒だ。


自分も組織に所属する家系の一員だ。完全にフェスタとは関係を断ち切ることはできない。少しでも距離をとることができるようになったのは良かった。


「それにしても……フェスタの浮気相手のラビィって子、入学早々になぜフェスタに近づいたのかしら?学園にはもっと爵位も上でお金持ちがたくさんいるじゃない。フェスタは特別、美男子ってわけじゃないし。肩幅が広くてワイルドな魅力はあるけれど。笑うと少年みたいな無邪気さもあって可愛いかったりするけれど……」

「お嬢様?」


マルタの声に、エリールはハッとしたように瞬きをする。


「……こほん。話がズレたわ。で、もし、お金目的や恋人探しならもっと適任の人がほかにもいたんじゃないかって話よ」

「そうですねえ。でも、フェスタ様は影響力がある方ですから。学園でも面倒見がいいことで頼られることが多いのでしょう?」

「そうね。それは否定しないわ。歩けば、誰かに声をかけられている人よ」

「悪い人じゃないんですけどね。迂闊な方というか」

「そう。さっきも言ったけど“おバカな人”なのよね」


“難しいことは苦手なんだよな”と、いいつつ、人に相談されると真剣に聞いてあげる人──。


「私……理由くらいきちんと聞いてあげるべきだったかしら」

「ご自分できちんと判断できる自信があるのならば、構わないのかとも思います。個人的には話を聞く必要もないと思っていますが、お嬢様が決めることですから」

「そうね……」


──許すつもりはない。でも、理由も聞かずに拒絶するのは、違う気もしてきた。


彼と付き合った1年間、彼の本気度は確かに感じていたのだから。


高等部に編入したばかりの頃、馴染めずにいたエリールのクラスに、彼がやってきて1人でいるのを見てランチに誘ってくれた。


さらに、周囲を見渡して彼女に合いそうな女子生徒を何人か選んで一緒に誘ってくれたおかげで、その子たちは仲良くなれた。


ほかにも、ダンスの練習を一緒にしてくれたりとても親身だった。


でも、一番彼との思い出で印象的なのは、街で絡まれた時に助けられたことだ。


あの日、エリールは街の広場で買い物をしていた。その時、しつこく声をかけてくる男がいて……。


『ちょっとだけ話そうよ』『そんなに警戒しなくてもさ』


距離を詰められ、逃げ場もなくなりかけたその瞬間だった。


「彼女から離れろ。彼女に触れた瞬間、お前ら後悔するぞ」


フェスタの声が、背後から響いた。


振り返ると、彼は制服姿で腕まくりをしながら鋭い目つきで男を見据えていた。


男たちは、制服姿のフェスタを見て学生だと侮り、殴りかかってきた。


だが──フェスタは一歩も引かず、冷静に拳をかわすと肘で相手の腹を突き上げた。すぐに、男は呻いて膝をついた。


もう1人が背後から掴みにかかるも、その腕を逆に取ったフェスタが相手を地面に叩きつけた。


あっという間だった。


フェスタはエリールの方へ振り返ると、何事もなかったかのように、手を差し出した。


「……怪我ない?大丈夫だった?」


その手は、戦いの直後とは思えないほど穏やかで、その時、エリールはフェスタとの恋に落ちたのだった。

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