第2話 レベルアップ
数多のゴブリンを血祭りにあげた後、自分の体にとある変化が起こった。
ググッと全身が引き締まるのを感じ、活力が漲ってくる。
戦闘を行って疲れるどころか元気になるとは……これはもう、ゲームで言うところのレベルアップってやつじゃないか?
心なしか筋肉も増したような気がするし、背もちょっとだけ高くなった気がする。
まさかゴブリンたちを倒しただけで鍛えられるとは、なんてコスパが良いんだろう!
おれはそのまま意気揚々と森の中をスキップしながら、時には木を破壊し、時には岩を破壊して、ルンルン気分で体の変化を確かめた。
思った通り、さっきより蹴りの威力が上がってるし走る速度も上がってる。もちろんめちゃくちゃ強化されてるというわけじゃないが、間違いなく戦闘前より強くなっている。
調子に乗って試しに、翼をバサバサ動かしてみた−−飛べなかった。
やはり飛ぶことはできないらしい。
ダチョウは鳥だが空を自由に飛ぶことはできない。それはレベルアップしても同じだった。
うーん、やはりそこは残念だ。
仕方ないとはいえ、自由に空を飛べたらどれだけ楽しいか……人間の時も同じことを思ったが、この夢は簡単には叶わないらしい。
だがここは異世界。
魔法やらスキルやら戦技やら、摩訶不思議な超常現象が溢れているはず。
なら何かしらの手段があるはずだ。
道具でもなんでもいい−−この夢を叶える方法はきっとある。
そうと決まれば、まずは話の通じる相手を探さないと。
ゴブリンのようにギャッギャッ言いながら襲ってくるやつじゃなくて、ちゃんと意思疎通可能な存在に出会いたい。
できるならこの世界に詳しい人物がいいな。
転生したばかりでわからないことばかりだから、そこらへんをわかりやすく教えてくれる人だと嬉しい。
妖精とか天使みたいなガイド役が最初からいたらいいんだけど、まぁゲームみたくそんな都合良くはいかないか。
などと考えていると、紫色に光輝く湖が見えてきた。
今度はブドウジュースか? とワクワクしながら近づくと……うーん、なんだこれは。
一瞬脳が処理を受け付けず大いに困惑したが−−やはり異世界、こんなことも起こり得るのか。
(デッッッッッッカ)
目の前にいるのは、ドデカい生物。
熊の着ぐるみに身を包んだ美少女が体育座りで悲しそうに泣いている。
おそらく18m以上はあるだろう。
一部のオタクの性癖にぶっ刺さりそうな巨大女性。
それが湖のほとりにいて、なぜか悲しんでいる。
普通なら心を痛めそうな場面だが、状況が状況なだけに困惑の方が大きく、頭に?マークが大量に浮かんだ。
髪色は金と銀の二色。左半分が金で右半分が銀。透き通るような美しい髪は非常に長く、彼女の身長とほぼ同じくらいあるだろう。
瞳は血のように赤く、噛み締めてる歯はサメのように鋭い。
いわゆるギザ歯だ。
そういえば熊の着ぐるみなのに腕部分はサメっぽいぞ? なんだこの作り? どういう意図で作られたんだ?
と、数々の疑問を浮かべていると−−
『……ん? あんた誰?』
「あ、いやっ! 覗き見するつもりはなくて!」
しまった! 気づかれた!
絶対碌なことにならんだろこれっ。
確かに意思疎通できる人に出会いたいとは思ったけど! こんな巨大な女性がいるとは思わないじゃん普通!
今のおれで勝てるか!? 強化されたダチョウの体で対抗できるか!?
『ひぃっ!? 変な鳥が喋ったぁああ!??』
びっくりした巨大女性はひっくり返り、その衝撃で地面が大きく揺れた。
「おわっ!?」
今まで感じたことのない揺れで倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り、揺れが収まるまで耐える。
(なんという体幹の強さ! これがダチョウか!)
いや今はそんなことで感動してる場合じゃない!
もしかすると命の危機かもしれないんだぞ!? 今際の際だぞ!?
せっかくこの世界に転生したのに生涯を閉じることになるなんてごめんだ! せめて空を自由に飛ぶという夢くらいは叶えたい!
『まぁ鳥くらい、ふつーに喋るか』
とか思ってたら平常心を取り戻したのか、美少女はゆっくり起き上がると体育座りでおれのことをじっと観察する。
『言語を介する変な鳥−−お前転生者か?』
「えっ?!」
すごいっ。
なんか初見で正体見破られたぞ!
『なんか変な気配したんだよね。他とは異なる魔力の質だし、魂の形もなんか特殊だし』
「魂の形までわかるの!?」
『あーしの真眼にかかれば多少は……。精度はまだまだだけどね』
そう言われ、彼女の眼を改めてよく見てみると−−幾重にも重なった魔法陣のようなものが薄っすらと浮かんでいて、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出している。
おい真眼ってなんだよ。めっちゃかっこいいじゃねぇか!
『お前どうしてここに? なんか見たことない鳥の形してるけど』
なるほど、どうやらこの世界にはダチョウという鳥類はいないらしい。
「自分でもよくわからなくて……気づいたらこの世界に鳥として転生してたんだ。で、この体の性能を色々試してたら、泣いてるあんたを見つけたって感じ」
『泣いてない! ちょっと数年落ち込んでただけだから!』
「す、数年?! この場所で!?」
『たかが数年よ。たいした時間じゃないわ』
「え、えぇぇ……」
こりゃすごい、時間の感覚が明らかに人間のそれとは違うぞ。
……あぁそうか、きっとエルフのような長命な種族なんだろう。
見る限り巨人族っぽいし、創作物でも巨人の寿命は比較的長く設定されてたりするからな。
この人の数年は人間にとって数ヶ月とか……いやそれでも落ち込んでる期間としては長めか?
「……ところで、なんで落ち込んでたんですか?」
『落ち込んでた理由? あぁ思い出したら腹が立ってきたわ!』
そう言うと彼女はその場に立ち上がり、激しく足踏みした。
当然その衝撃で地面は激しく波打ち、大きく揺れる−−ちょ、やめてくださいっ!
『いちごケーキの気分だったのに! ママがおやつに出してきたのはチーズケーキだったの! なんかパパがチーズ食べたいとか言い出したらしくて! ひどくない!? あーしよりパパの意見を優先するなんて! ムカつくから家出してやったのよ!』
「それで……数年間ここで?」
『そうよ! 腹立ったからね!』
しょ、しょうもなっ。
いやいや……いくらムカついたからって、それで家出して数年間湖のほとりで過ごすとか……。
だめだ、理解できん。自分にはわからない価値観だ。
いくら腹が立ってちょっと家を飛び出したとしても、多少時間が経ったら戻るよ普通。
『ひどくない?! あんたもそう思うよね?』
「い、いやー……おれにはちょっと……」
『は!?』
同意を拒否した瞬間、何かドス黒いものが彼女の全身から放出された。
それはいわゆる負のオーラみたいなもので、この世のネガティブをかき集めたような悍ましい色をしている。
よく見ればなんか触手みたいにウネウネ動いてるし、若干目玉みたいなものも無数に見えるし……こいつはやばい!
「お、思います思います! いやーひどい親ですよね! 愛娘の意見を優先するべきなのに!」
『でしょう!? 分かればいいのよ分かれば!』
同意の意見を得られて嬉しかったのか、満面の笑みで胸を張る巨大少女。
ひとまず、これで殺されることはなさそうだ。
『で、あんたこの世界でやることは決まってるの? 目的は?』
「いやー転生した直後なんでなんとも……。どんな世界なのか、どんな種族が暮らしてるのかもよくわかってないので……」
現状、ダチョウの体を多少試した程度で知らないことの方が圧倒的に多い。
世界を支配している魔王がいるとか、洒落にならん邪神がいるとか、実はこの世界はゲームの世界とか−−なんかそういう感じのびっくり展開はあるんかな?
『決めたわ! しばらくあんたの旅に同行する! ちょうどやることなくて暇だしね』
「えっ?! いきなり!?」
『心配しなくてもあんたより博識だから色々教えてあげるわよ。この世界のことや種族のこと−−魔法やスキルのこともね』
なんと! この世界にはちゃんと魔法やスキルがあるのか!
ということは、おれにもそれが使えるようになったりして!?
ファンタジー作品のキャラが駆使するあらゆる魔法を!
『まぁ適正とか色々あるから、あんたがどんな魔法を使えるかはわからないけどね。どうする?』
「ぜひお願いしたい。右も左もわからない状態だったから」
『オッケー。じゃあ移動しやすいように小さくなるわね』
そう言った瞬間、彼女の体はみるみる小さくなり−−あっという間に手のひらサイズの妖精のような姿になった。
『よろしくね、あーしはエリス。あんたは?』
「おれは……あれ? なんて名前だっけ?」
前世の記憶はあるのに名前だけはスッポリ抜けている。
なんて名前だったっけ……? 別に珍しくもない普通の名前だったような気がするけど。
『じゃあ、あーしがつけてあげるわ』
そう言ってエリスはひとしきり悩んだ後、
『デウス! デウスにしましょう!』
と口にした。
「デウス!? それって神って意味じゃ……」
『いいじゃない! せっかく異世界に転生したのよ? 自分は万能の神!くらいのノリで構えてた方がきっと楽しいわよ』
「……確かに。それもそうだな」
自分でちょろいと思ったが、それぐらい自信を持った方がいいのは確かだろう。
なんてったって異世界に転生したんだし、成長していくうちに本当に神になることだって可能かもしれない!
よし、そうと決まればあとは突き進むだけだ!
『早速出発よ! いきましょっ』
「おう!」
こうしてガイド役のエリスが仲間に加わり、2人パーティの旅が始まった。
しかし彼女を味方にしたことで、後に思わぬ面倒事に巻き込まれることになるのだが……この時のデウスは知る由もない−−
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