おれ、ダチョウ

ノア

第1話 ダチョウに生まれ変わった

 なんだこいつは、たまげたなぁ。

 どうやらおれはダチョウに生まれ変わったらしい。

 そんなことある?って思っても、水面に映る顔はまさにダチョウ。

 寸分の狂いもないアホらしくも愛らしい独特の顔が堂々とそこに映っている。


 ひぇー、まさかダチョウとはな。

 確かに冗談半分でダチョウになってみたいと思ったことはあったよ。


 ダチョウは、なんか体のスペックはアホみたいに高いのに、頭はお世辞にも良いとは言えない。だいぶおバカなレベル。

 聞いた話では、記憶力が壊滅的に悪く基本的に何も覚えられないとか。

 飼い主の顔もすぐに忘れて、背中に人が乗ってもそれすら簡単に忘れて生活し出すし、ダチョウの群れ同士がすれ違って何匹かその時に入れ替わってもそのことには気づかないし、群れの1羽が走り出すとそれにつられてみんな走り出す。


 色々悩むことが多い人間からすれば、何かあってもすぐに忘れて生活できるという点において、ダチョウの頭脳はかなり魅力的だ。


 しかし今回はかなり特殊なケース。

 おそらく人間の頭脳のまま身体のスペックはダチョウの状態で生まれ変わった。


 ダチョウのスペックは、それはもう凄い。

 驚異的な走力に優秀な治癒力。これを同時に持つ生物は中々いないだろう。

 最高速は時速70〜80km。二足歩行の生物の中では最速を誇り、時速50〜60kmのスピードを維持しながら長時間走行可能なスタミナに加え、骨が見えるほどの傷を負ってもすぐに回復する優秀な体。免疫力も高いから病気にも強い。

 さらにキック力は約5トンもあり、身長は200cm以上、体重も100kg以上がゴロゴロいる、ちょっと弱めの仮面ライダーみたいな存在だ。


 そのスペックをそのまま活かせる……これはかなり愉快な状況じゃないか?

 人間の姿じゃないのは、それはもうかなり残念だが、ダチョウの体で新世界を探索してみるのも悪くない。意外と楽しいかもしれないしな。

 そうと決まれば早速出発……の前に、ちょっとこの水面が気になる。


 というのも、目の前にある湖は何故かオレンジ色をしているのだ。

 普通は青色。少なくとも前の世界では青色だった。

 しかし生まれ変わった世界では何故かオレンジ色で、しかも美味そうな匂いも放っている。十中八九あれだと思うが、試しに飲んでみよう。


 −−ゴクッ


 こ、これは?

 やはり、オレンジジュース!


 飲み慣れた味が口内を満たし体内に流れ、なんとも懐かしい気分になる。

 凄いな異世界は。オレンジジュースの湖なんてものが存在してるとは。


 さらに周りを見渡すと、草木や多くの花々がある一見普通の森だが、やはり甘い匂いがそこら中から漂ってくる。

 目の前のオレンジジュース同様、おそらくこの自然も……。


 頭の中で予想しながら草を少しだけ口に含んでみる−−やはり甘い!

 木をかじってみても、やはり甘い。花々も甘く美味い。


 −−視界に映るあらゆるものがお菓子で出来た、糖分の楽園。

 こんな場所で目が覚めるなんて運が良いなぁおれは。


 そんなこんなでしばらくもしゃもしゃしていたが、やはり糖分の破壊力は凄まじく、すぐにお腹いっぱいになった。

 いやぁ一生分食べたんじゃないか?ってくらいめっちゃ食った。満足満足。


 ふぅ〜と一息ついてから、今度はダチョウの身体能力を試してみることにした。


「ふんっ!」


 力強く足を踏み込むと−−こいつはびっくり。

 大きく地面を抉りながらものすごいスピードで移動できた。感覚的には瞬間移動に近い。


 驚くほど身軽で驚くほどの速さ。

 実際に体験してみると、ダチョウの優秀な肉体には尊敬の気持ちすら湧いてくる。


 調子に乗ってしばらく走ってみても、全く疲れない。

 人間の頃はマラソンはおろか、軽いジョギングですらひーひー言ってたのに。

 そもそも運動自体あんま好きじゃなかったのに、今は体を動かすだけで楽しい。


 強靭な足で地面を踏み締めながら進む感覚は人間では味わえなかったものだし、こんなにも風を切るのが面白いとは。

 世界は広い。


 そんなこんなでしばらく走った後、今度はダチョウのキック力を試してみることにした。

 聞いた話ではキック力は約5トン−−どんな感じか試してみよう。


「こいつでいいか」


 ちょうどいい太さの木が地面から生えている。

 よくある濃い茶色の木でそれなりの本数の枝に大量の緑の葉っぱ。なんの変哲もない普通の木だ。こいつにダチョウキックを喰らわせるとどうなるか?

 さっそく実験してみよう!


「ほいっ」


 力強く地面を蹴って走り出した時と同じように、木に向かって力強くダチョウキックを放った。

 すると、


 −−バキッ!


 びっくりするくらいあっさりと折れた。というか吹っ飛んでった。

 木の上部分が枝と一緒に『ひゅーん』って。


 その光景にしばらく唖然とする。

 人間の頃ではありえなかったパワー。漫画とかでしか見たことのない、木を軽々と折るシーン。あれを自分が、自分の体で実現させることができた。


 いやーマジかよ。

 結構な太さあったよあの木。

 なのに軽々折れたし、反動で自分の足を痛めたということもない。

 至って平気。ダメージも無い。

 こいつはもしかすると……?


 調子に乗ったおれは、片っ端からダチョウのパワーを試しまくった。

 細い木、太い木、小岩、大岩等、ありとあらゆる物体に重い蹴りを浴びせる。


「うわっ、おもしろっ」


 やべぇくらい簡単に壊れる。

 木はもちろん、大岩だって2、3発浴びせれば破壊できる。

 そこら中にあるものがバラバラと。無残な姿に早変わり。


 ……いや、ちょっと待て。

 約5トンのキック力で岩を破壊できるのか? というかさっきの木だって冷静に考えると折れるのおかしいよな?


 そう思って自分の足をじっくり見る。

 細くて、すらっとした美脚。

 こいつに秘められてる力は、おそらく5トンどころじゃない−−少なくとも生物に向けて軽々放っていい蹴りじゃない。


 神様のイタズラか、異世界に転生した時にバグでも起こったか。

 理由はわからないが、明らかに普通のダチョウ以上のスペックになっているのは間違いない。

 大いなる力には大いなる責任が伴う−−って創作物で見たことあるけど、それがまさに今起こってるのか?

 こいつは、使い方を誤ったらえらいことになるぞ。


 と、そんなことを思った矢先に、面倒なお客がこっちに向かって接近してきた。


『ギャギャギャッ』


 そいつは序盤の敵としては定番中の定番。

 RPGの主人公が力を試すのにうってつけの相手−−ゴブリンだった。


 濃い緑色の体に薄汚れた服、そして棍棒を持った姿が一般的だけど、今回はちょっと、いやだいぶ違う姿形をしている。


 体はピンクと赤のグラデーションがかかり、頭にはクッキー?の帽子。

 手に持ってるのはペティナイフによく似た形状の物騒な代物で、総じてゴブリンらしくないお菓子の敵キャラみたいになっている。


 頭に?マークを浮かべながらも、気味の悪い鳴き声を発しながら近づいてくるのは身長100cmくらいのゴブリン。

 突然の事態にも関わらず意外と冷静にものを見れている自分に驚きつつ、近づいてくるゴブリンにダチョウキックを容赦なくぶつけた。


 大いなる力云々について考えたばかりだけど、刃物片手に向かってくる相手−−こっちの命を奪ってくる相手に遠慮する必要は流石に無いよな?


 −−パァンッ!


 ゴブリンの体がいとも簡単に破裂した。

 風船に針でも刺したかのような、ちょっとギャグっぽい描写で彼は死んだ。

 驚くほどあっさりと。


 やべぇ。

 ダチョウの蹴りやべぇ。


 そして面白い!

 自分の力に飲み込まれるというのはこんな感じなのか?

 テンション爆上がりでワクワクが止まらない!


 大いなる責任なんて知ったことか!

 そもそもここは異世界! おそらく弱肉強食の世界!

 強い者が正義だし、身を守るためにも手加減する必要はない!


『ギィイイイ!!』

『ギャッギャギャ』


 気づけば数多のゴブリンがワラワラと集まってきていた。

 もしやここはゴブリンたちの縄張りだったのかもしれない−−


 まぁそんなことはどうでもいいか!

 襲ってくるなら返り討ちにするまで!

 ダチョウ無双の始まりだ!


 −−パァンッ!

 −−パパァンッ!

 −−パァンッ!


 風船割りのミニゲームように、軽快な音を立てながらゴブリンたちの体を粉砕していく。

 細く美しい脚から放たれる蹴りによって彼らは汚い花火のように散っていく。

 ダチョウの身体能力を駆使すれば、ゴブリンたちの振るう武器なぞ掠りもしない。

 むしろ動きが遅すぎてスローにさえ見える。


 −−結果的に数十匹のゴブリンたちは、汚い残骸と化した。


 ダチョウの体って、おもしろっ!



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