No.12 危険因子の脅威

静寂はすぐにざわめきに変わる。


「なんだと...」


「それは本当なのか!?」


「No.999は本当に実在するのかっ」


様々な動揺が交差する。


「静粛に。この情報は確かです。双方の『No.999』に関する情報を交換し、対策を議論させていただきたい」


すぐに会議は議論への変化した。スクリーンに映し出された両軍の情報を見ながら、各人が頭を抱えている。


「...能力は不死...!?」


手元にある資料を見て、憂希は驚愕する。そんな能力が実在するのかと目を疑う。


「危険因子の一人であり、その能力が故に基本的に殲滅不可能とされていることは皆さんご存知のはずです。ただその能力が故の危険因子ではない。投入された戦場における破壊行動が主たる要因です」


自傷自殺をいとわないその暴力的且つテロリズムに近い破壊行為。軍事基地を単独で襲撃し、装備した爆弾を自分ごと爆破。作戦行動中の小隊を急襲し、装備を略奪、反撃虚しく虐殺。

書類上にある数々の襲撃は到底一人の人間がやったとは思えない規模と被害だった。


「瞬間的な被害は重要ではなく、被害を止められない、無力化できないという点で脅威的。それに対する迎撃作戦を議論したい」


少しの間が空いて、すっと手が挙がった。


「ボイセンベリー中将、どうぞ」


「あら、気軽にボイセンでいいのよ、和日月ちゃん」


男性と女性という垣根を超越した性別。ガタイの良さと短髪に映える濃いメイク。俗に言うオカマという存在だった。


「そちらはどういう方針で構えているのかしら。最新情報を持っていたのはあなた。何かしら考えているんでしょう?」


「...さすが鋭い御仁だ」


「お世辞はno thank youよ。いらない様子見はここでは省きましょう」


「極論、生命活動停止による無力化は不可能と前提し、再生と進行の鈍化を主とした方針で検討中です」


「というと?」


「不死とはいえ、無敵ではない。負傷や痛みは発生するという情報もあります。それらを回復するために要領を割き、時間も要するでしょう。それを持続的にする」


「なるほど、damageを与え続けるわけね」


再生され、死なないとしてもダメージは発生する。そのダメージをずっと与え続ければ、破壊行動や進行を阻止できる。切り札として切ってきた不死というカードを実質無力化できる算段だ。


「それをできる能力者はいるの?」


「我が軍では最大火力を重視した編成にする方針です」


「...編成次第では確かに有効打を出せるかもね。うちも火力要員で言えばいるわ。でも敵軍だって別に軍で進行してくるでしょう?」


「その想定です。故に二中隊での進軍という方針を定めていますので」


「私たちを入れて大隊規模での作戦ということね、うちからは神酒を選出するわ」


「はぁぁああああ!?あたしかよっ。あたしは泡盛飲みに来ただけだって!」


ボイセンベリーの隣に座っていた女性が思わず立ち上がった。


「誰が許すのよそんなこと。いくら飲んでもいいけど、任務はやってもらうわよ」


「えぇ~まじかよぉ。まぁいいか高粱酒飲めるし」


そんな軽いノリで戦場に出撃する。


「それでは具体的な作戦について議論させていただきます」


作戦概要は先導隊として憂希所属の第三大隊が戦線に突入し、敵軍の感知及び殲滅を行う。No.999を捕捉次第、本隊が先導隊と合流。仁野と神酒を中心とした集中攻撃にて無力化を図る。その間に第三大隊は他中国軍を殲滅。完了後、作戦区域から離脱。という流れだ。


「...オレの出番は無しか」


「...君を前線に出すには想定外がかなり多い。最終手段にさせてくれ」


「さ、最終手段...」


少しうれしそうにしながらラプラスは下を向いた。


「では能力者の情報交換を」


今回参加する能力者を中心に作戦の詳細を詰める。


「仁野ちゃんが超人的なパワー。神崎ちゃんが自然現象の掌握ね」


「逆咲伍長は空間掌握の能力」


「うちの中で最たる攻撃力を誇るわ」


空間掌握。空間を自由自在に操り、意のままにできる。断裂、短縮、拡大、圧縮、除去、発生。様々な空間の加工が可能な能力。基本的に防御不可、阻止不可の能力。


和日月とボイセンベリーは仮に敵対した際の対策を頭の片隅で考える。表情や態度には出さないが、それでも違う国の兵力。意識せざるを得ない。


「あの、僕はホテルに帰ってもいいですか」


急に一人の男性が割り込んできた。今まで存在感がなかっただけに、皆そちらに注目する。


「秀明、会議中よ」


「少なくとも僕は今回参加しないんでしょ?ならいいじゃないですか、人が多い空間苦手なんですよ」


「なんだよ~お前は相変わらず、つれないやつだなぁ」


「あと隣の人が酒臭いんで」


「わかったわ。不死との相性は悪いし、今回あなたに何かをお願いすることはないでしょう。皆さんごめんなさいね」


「じゃあ無関係者は帰りますね~お疲れ様です」


そそくさと会議室を出て行った。


「彼は?」


「あぁ気分屋というか基本的に無気力な子なのよ。そこがほっとけないんだけどね」


「..では会議を続けましょう」


憂希は内心気に食わなかった。自分も半強制的に参加させられている立場ではあるが、それでも会議には真面目に参加しているつもりだった。それを関係ないの一言で立ち去る態度は呑み込むのに多少時間がかかった。


作戦会議はそこから二時間程度続き、作戦決行は明日の1200となった。



「あ...」


会議室からホテルに戻る道中で、憂希は秀明をロビーで見かけた。


「少し...話してみるか」


憂希は秀明がどんな人物なのかを知るため、話しかけてみることにした。


「どうも」


「...はい?」


「神崎 憂希と言います。日本側の能力兵です」


「...あぁ、さっきの会議にいた人だ。どうも。何か用です?」


ロビーのソファーに座ったまま、ちらっと憂希を見た後にまたスマホに視線を戻した。目どころか顔を見ないまま、会話を続けるようだ。


「能力兵になって戦場に駆り出されている感じですか?俺もそうなんですよ」


「まぁ...そんな感じですが」


「他国で同じ境遇の人と初めて会ったので、話しかけてみようかなって」


「もしかして陽キャですか?眩しいわ、僕は話しかけてメリットがあるようなやつじゃないですよ」


どうにも会話というかコミュニケーションに乗り気ではない態度だった。


「...戦争についてどう思ってます」


「いきなりなんすか」


さすがに突然の質問に秀明の目線も憂希に向けられた。


「会議を途中で抜けるくらいだからよく思っていないんじゃないかと思って」


「...だったら?」


「俺も同じなんです」


「...」


「今時、戦争なんて現実感ないし、そもそも別に参加したくない。命張れって言われも困るし、能力なんて当てになるのかもわからない。そんな風に思ってまして」


「へぇ...戦争乗り気派閥かと思っていたら、案外こっち側なんですね」


「まぁ。それでも同期というか仲間が戦地に向かうって話なのに興味なしってのは何でなのかなって」


「あぁ...仲間意識は高い系ですか。...正直、殺し合いの話し合いなんて関係なくてもストレスでしょう。なんで顔も知らないやつを全力で殺しにいかなきゃいけないんだってなりません?」


憂希もその意見には共感できるものがあった。今でこそ、少しずつ状況への慣れが出てきたが、完全に吞み込めているわけではなかった。


「目の前で人が死ぬのが普通、誰かを殺すことが普通。マジでキモイって思いません?ただでさえ、世界なんて不条理や不運でまみれているのに、何でさらにめんどくするんだかって感じです」


「なるほど...。それはそう思います。ただ、俺の場合は自分がやれば誰かが救われるって思うようにしました」


「なんで自分よりも誰かを救わなきゃいけないんですか」


真っ直ぐな質問に憂希はたじろいだ。


「死んだらそこで終了のわが身を誰かのために使うなんて無理でしょう。戦場に行く自分を救わずに誰を救うって話ですよ。まぁ僕の場合はって話なんで」


戦争において味方を庇って隊や軍が犠牲になっては本末転倒だ。ましてや能力兵、グレード1で言えば重要な軍事力の要。必然的に軍の中での優先度は変わる。


「そうですね、でも俺はだからこそ自分で戦います。誰かに肩代わりしてもらうのも、自分のせいで誰かが死ぬのも嫌なんで」


「真面目ですねぇ。いいんじゃないですか。僕には無理だけど」


「そうでもないと思いますよ。さっき目の前で人が死ぬことは嫌だって言ってました。一緒ですよ俺と」


「...そこだけで肩組まれてもなぁ」


秀明は自分の皮肉があまり通じない相手に少し困惑した。大体不機嫌になるか、呆れるかの二択だからだ。憂希と同様、近い関係の人間で何かが起きることに秀明はトラウマがあった。だからこそ、親しい人間を作ること自体が嫌になった。集団行動ですら苦手意識がある。


「...変な人」


ひねくれ者な自分が言うんだ、あの人はかなり変だ。そう秀明は思った。



憂希の部屋の呼び鈴が鳴る。ホテルの部屋で呼び鈴を聞くことは初めての経験だった憂希は少し驚いた。


「..誰だろ」


扉を開けるとそこには。


「お、いたいた。おいす~」


両手にビニール袋を大量に抱えた仁野がいた。


「どうしたの?」


「いや沖縄まで来て部屋で待機とか無理くない?だから売店で沖縄のお土産爆買いしてきた!一緒に食べよ!ラプちゃんも誘ってさっ」


ラプラスの部屋を訪ねたが不在だったようで、仕方なく憂希の部屋にて二人で食べることにした。紅芋タルトやミミガー、サーターアンダギーにちんすこう。パイナップルにご当地ハンバーガーやアイスのチェーン店商品。


「いややっぱこういうの食べなきゃ沖縄感ないよねっ。ラプちゃんとも食べたかったなぁ」


「初めて食べた」


「えぇっ!?修学旅行どこいったの??」


「広島だったよ」


「沖縄とか北海道じゃないんだ...」


「うん、原爆ドームとか回ったり、厳島神社とか行ったかな。...あのさ」


「ん?」


「ニノさんはこの戦争のことどう思ってる?」


憂希は修学旅行の話から切り出すにしては突然すぎたかと思ったが、それでも気になっていた。

憂希は自分の考えが客観的にどうなのか、人とすり合わせないと落ち着かない質だった。


「ん~ものすごい怖いし、なんでうちがっては思ったけど。うち、ヒーローになりたいんだよ」


「え、ヒーロー?」


「うん。戦争が知らないところで始まっちゃって、いろんな人が傷ついてる。亡くなってる人もいる。うちも戦場に行ったけど、やっぱきつかった。めっちゃ緊張感えぐくて、銃の音とか爆発とかたくさんなってて、私の能力だったら大丈夫だって言われてるんだけど、それでも全然怖くて」


少し震えた声で仁野は語る。


「そん時ね、うちが怖いってことはさ。皆怖いんじゃんって思ったの」


すぐにはっきりとした声色に変わる。


「皆怖い中、死んじゃうかもしれないのに戦争に行って、命かけて戦ってる。そんなの見てらんないじゃん。だから、特別な力をもらえたんならさ、うちが皆死なないようにしたいって。女の子だったら魔法少女とかヒロインのほうが可愛いんだけど、そこまでうまくいかないよねっ」


その言葉に憂希は息を呑んだ。


「うちが頑張ったら、早く戦争が終わるかもしんないしっ。まぁ...相手には申し訳ないかもだけどね。ヒーローだって、悪を倒しちゃってるから」


「...ニノさん。一人でそこまで背負わないで」


「え?」


「俺も同じ考えなんだよ。少しでも誰かを救えたらッて」


「えっ!マジ!?」


「うん、そうでも思わないと戦えなかったから」


「え、めっちゃうれしいんだけど!それならマジ頑張るしかないっしょ!明日の作戦、一緒にがんばろーね!」


「うん」



次の日の作戦開始、飛行場に大隊規模の人数が集合する。


日本側から出撃するのは第一大隊、第三大隊所属の特殊兵装部隊。二中隊規模。

米軍からは神酒を主体とした特殊兵装部隊。同じく中隊で、日本軍と併せて三中隊で大隊規模となる。


合計総勢五百三十八名。装甲車合計四十二台。米軍は日本のような小隊編成に合わせて、グレード4以下の能力兵小隊を配備している。


「あ、また一緒ですね。よろしくお願いします」


「よろしく。敬語になってるよ」


「あぁ、そうだった。ごめんなさい」


同じ中隊としてまた憂希は珠美と合流した。


「...今回もグレード1が出てくる戦場なんだって。知ってる?」


「うん、昨日その作戦会議に出席してた」


「えっ、作戦会議に?入ってすぐなのにすごいね」


「いや、グレード1だからってだけだよ」


少し緊張を解して作戦に臨む。



「それじゃあ一気に飛ばすからねぇ」


今回の移動は神酒の能力。空間を掌握しているということはテレポートも一瞬だ。


「よいしょっ」


手のひらで空間を掠め取るように舞った瞬間に空間が引き裂ける音がした。引き込まれるような感覚は一瞬で終わり、気づいた時には知らない景色になっていた。



「えっ...」


そこはまさしく戦場だった。拠点のすぐ近くから街はあちこちが破壊され、火や煙が発生している。爆発音や銃声が雨音のように鳴り響き、怒号なのか悲鳴なのかわからない声がこだましていた。


「...先導隊で対象を探すまでもないな」


振動がそう呟いた。その目線の先に皆が合わせる。明らかに爆発音と火炎、黒煙が集中して舞い上がっているエリアがあった。



「アハハハハハハッ!!!楽しいねぇ気持ちいいねぇ!!能力者最高だなぁぁああああああ!!!アハハハハハッ」


 爆炎の中で火傷や欠損を再生しながら、男は高らかに笑った。

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