2月 怠け者の青鬼

新年になり数ヶ月間、日本人は正月ムードが惜しくて立て続けにイベントを入れる。

ショッピングモールでは正月料理の売れ残りの上に恵方巻きが売られるようになる。

恵方巻きは1月のギリギリまで、正月料理ヅラをしているということである。


勿論、節分の食べ物なのだが。


月が変わった頃にすぐ来る節分は黙って巻き寿司をほうばり、豆を投げと大騒ぎだ。

小さい頃、豆より豆を入れている木の枡のほうが攻撃力が高そうだと皆が投げ始めて翌年から紙の入れ物になったのを思い出す。


「時に子どもは純粋さから鬼よりも『鬼畜』になる」

風呂敷を棒で担ぐスタイルの放浪者みたいな青鬼が跨線橋こせんきょうの階段の下でへばっていた。


「無邪気な悪戯で大きな害をなすという点においてはロキに似ている」

「神の復活を妨害したり黙示録の発端を作ったりするような子どもがいてたまるか」

そういえば鬼に金棒とはよく言うが、鬼に放浪者スタイルは聞いたことがない。

『泣いた赤鬼』の青鬼でさえ、おそらく金棒に風呂敷をくくりつけて旅に出たはずだ。


「決心の弱さの表れだろうよ。思えば俺の決心も、こんな弱っちい棒だったかもしれない。」

その『弱っちい棒』、ひのきのぼうかもしれないじゃないか。

「俺みたいな放浪者が勇者なわけがあるかよ」


「さて、その心は?」


「俺は中途半端な人間だった」

おや、この感じだと1月とネタ被りではないだろうか?

踏切がまた閉まり、騒がしくしていた足音や車の音が消える。


「人から見れば順風満帆な人生だったろうが、俺は何か足りてなかった。そして気づいたんだ。俺は最高の答えだけ選んで、好物は置いてきた。」

踏切の方から親子の楽しげな会話の音が聞こえてくる。

踏切と、その親子以外は冬らしく沈黙を貫いているようだった。


「そうして俺は――」

「ホームレスに?」

「家は売ってねえよ」

帰るあてのある放浪とは、生ぬるいものだな。


「俺は置いてきたと思われる好物を拾うために旅に出た。お前の言う、『生ぬるさ』がこの旅を辛くした。」

青鬼の『ひのきのぼう』が荷物の重さに負けてついに折れる。

風呂敷の中身は、確かに重々しく落ちたはずなのに、出てきたのは10円玉一枚だけだった。

幸せは案外一番身近な場所にあると言うけど、この青鬼の幸せは10円ぐらいだったのだろうか。

というか、ヒノキは硬いのだから、これは『さくらのぼう』だったのかもしれない。


「俺は今までの快適さに驚いた。後ろ髪を引かれた。お前が言うなら、『ブチブチと抜けて、ハゲるぐらい』だ。」


私はそんな30代を容易く殺しそうなえげつない行為はしないなのだが。


「まあ、帰るか進むか散々迷ったあげく、寒さですっ転んで今ここさ。」

踏切が開き、歩く音や車の音が一層騒がしくなる。


おにはそと、ふくわうち。

跨線橋の近くにある屋台から、幼少期から耳に豆ができるほど聞いた歌詞が流れてくる。

たしか『まめまき』というタイトルだったはずだ。


「中途半端な大人は、影で子供に笑われてるものさ。純粋であるから鬼畜で、純粋であるから鋭い。鬼は外で――」


、とでも自虐しようとしたのだろうか。

だが時間はそう言わせてくれないらしい。


すっかりくぐもった空模様に、私は急ぎ足で駅に向かった。

踏切が長く閉まり切る前に渡らねば、雨に降られてしまう。

降り始めた雨は、あの青鬼を溶かしていくのだろうか?

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