12月 遅刻魔のサンタ・クロース
クリスマスというものはとても好きだ。
一人スーツで寒そうにするやつとか、恋人と接着剤で手をくっつけたかのように歩いて笑ってるやつとか。
私はそういうのを見て、妬むも恨むもせずただ面白いからと観るのが好きなのだ。
全くお前らは何教なのだと八百万の方向から突っ込みが入りそうなほどの豪華絢爛な街の様子は、ここからどう正月に持っていくのだろうと考えさせるものがあった。
その点で言うと降りはしても積もらない雪はクリスマスが終われば正月の象徴に瞬間的にジョブチェンジするのだから、とんだ働き者である。
ちなみに今は雨だから、今日のシフトはお休みらしい。
働き者、と言えば年364日休みがあるこのクリスマスのマスコットも12月25日だけは働き者にあたるのか。
「それも一昨日の話ですけどね。」
と、もはや後の祭りな格好をした男は言う。
7月は過程、10月は結果、次は途中か。
サンタクロースもやはり、ソリから転落するものなのだろうか?
「もし私が転落死したと言うなら、保険金と労災ぐらいはおりてほしいものですね。肝心の使う相手がいませんが。」
「年364日休職してる奴が正規の従業員な訳が無い。労災も保険も見て見ぬふりをしそうだけど」
まあこう、道中で冷たくなりかけてる今なら労災ぐらいは振り向いてくれそうだけど。
「今はもう、死体と何ら変わりないと思いますよ。」
「その心は?」
「遅すぎたんです。」
サンタ男の言葉を遮るように吹いた風は雨をあおり、傘から落ちた雨粒がコートに軽くかぶる。
この雨も、どこかの失恋ソングのように夜更け過ぎには雪へと変わるのだろうか。
「人生を見つめ直すには、遅すぎたんです。『平凡』『優秀』『安定』という言葉に前ならえをしていたら、もうすっかり暮れてしまいました。そして、彷徨っては諦め、この様です。」
人通りが引き始めた街の電灯たちは暫くして冷たく灯るように見えるようになった。
「『子供二優シク』『何時モ笑顔デ』『雨風ニモマケズ』。そうしていれば、他人に物を配って笑えるぐらいには幸せになれると思っていました。」
その言葉に従っている地点で、ずいぶんと人に物と気を配ってそうだが。
「人生というのは持ち物を落としていきながら、その軌跡を終わったあとで見つめるものなのですね。今さらながらに気が付きました。ヒーローのように自己犠牲ばかりでは、自己は減って死んでしまうのだと、今更ながらに気がついたのです。」
宮沢賢治が『ワタシハナリタイ』と締めたところを、このサンタ男は『ソレハワタシダ』と語ったのか。
つまらないオマージュに寒気がしたのか、雨が弱まったように感じた。
代わりに、軽く冷たく、小さな白い結晶が暗い空を覆い始めた。
「見も触りもせず、あたりにモノを配ってきたのですから、そのプレゼントはとてもクリスマス・ツリーの下に届けられるようなものでは無いでしょう。配ってきたモノは今頃道端に転がって、凍えて――」
すっかり人がいなくなった街に雪が積もり始める。
街灯のみが雪を暖かく照らし、暗闇に降る雪はまるで存在しないかのように透明に振る舞う。
「冷たくなっているでしょう。」
赤いサンタ服は雪に少しだけ濡れていた。
ただ、着ている当人が冷たいのだから、これ以上は溶けないだろう。
新年への期待ムードへと切り替わった商店街の看板やポスターたちは、男を静かに見つめる。
『サンタはまた来年、遅刻したら出番無し』と。
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