10月 カボチャ男
10月の下旬、いつもなら気づけば終わっているあのイベントを、私は珍しく思い出すこととなった。
誰だって、この時期にジャック・オー・ランタンを見れば、忘れずにはいられないだろう。
ジャック・オー・ランタンと言っても、体とセット、黒いマント付きなのだが。
「ハロウィンよりも前に仮装を壊してしまったから、こんな路地裏に?」
「これが仮初の姿なら、こんな路地裏にすがり込んでいませんよ。」
ジャック・オー・ランタン頭の男は、ぐったりとした様子で答える。
首には「仕事ばかりで遊ばない、ジャック(オー・ランタン)は今におかしくなる」と書かれた木片のようなタグをかけていた。
喋るたびに中のロウソクが火加減を変え、カボチャ色の明かりを揺らしていた。
「ご立派だと思いますが。大きく欠けた頭からろうそくがのぞいているあたりが。」
「無慈悲な方ですね……ここまで無礼なヒトは知りませんよ。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「誰も褒めてませんよ。」
繁華街の路地裏らしく、無機質な灰色の風が通り抜ける。
ビルとビルの間にあるここでは、その風がおどろおどろしい音を立てていた。
それでも目の前の男が恐ろしく見えることはなく、寧ろ弱々しく見えた。
「……死にかけのジャック・オー・ランタンってどう介抱すれば"自殺幇助"の罪に問われないと思いますか?」
「…………知りませんよ。」
ジャック・オー・ランタン頭の男はそう答えた。
火加減が一層弱くなったように見える。
「…………自殺なんて知りませんよ。それに私はもう助けてもらわなくていい、助けてもらえませんよ。」
ガクッと力なく、ジャック・オー・ランタン頭が落ちそうになる。
ロウソクはもう短くなっている。
「その心は?」
私がそう聞くと、ロウソクは少しだけ明るくなった。
「自殺をしたんです。このビルから。」
7月の起点の次は結果か。稀な人生に遭ったものだな。
「30代になるまで仕事ばかりをしていました。何がしたいというわけでもなく、ただ空っぽに仕事をして、稼いでいました。」
私の首筋に、小さな水滴が落ちたように感じた。
「いつまでも人生の意義を考え続け、空っぽということを呪い続け、苛まれてきました。」
小さな水滴が手にも当たる。
「誰の邪魔にも"なれず"、愛されるほど不器用でもなく、愛するほど器用でもない。」
道路にピタッという音ともに大きめの水滴が落ちる。
「意味のない人生は、苦痛でした。他者のマネをして、人を喜ばせてきた結果が、このカボチャ頭なのだと思います。」
商店街の方では、人々が空を見上げ始め、ぽつぽつと傘をさす人も見えてきた。
青信号の横断歩道では少ない傘が人の上で揺れる。
「"収穫祭"の手前で朽ち果てる空っぽのカボチャなんてとんだ皮肉ですよね。」
段々と、雨が強くなり始める。
サーという軽い音が街に響く。
私はその上手い皮肉に応えなかった。
応える暇もなかったのかもしれない。
ロウソクはついに消え、無惨に溶けたロウがジャック・オー・ランタンの中でへばっていた。
もはや不気味な飾り付けとなったその男を置いて私は歩き出した。
雨に濡れる中いくら遠ざかって見てみても、その姿は哀愁と言うより、やはり虚無に近かった。
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