第6話「青い星と通信ノイズ」(改)

建設から数日。

人工島ノア・プレートでは、若い奉仕種族たちの言語・文化習得がほぼ完了しつつあった。


いよいよ——地球との正式通信を行う時が来たのである。


艦橋の中央。

巨大なモニターに地球政府の通信待機画面が映る中、セイラは腕を組んでアリスに詰め寄った。


「アリス、頼む。最初の通信はお前がやれ。若いのに任せるのは危険すぎる」


だがアリスは落ち着いた笑みを浮かべ、静かに首を振る。


「若い子たちにも経験が必要ですよ。ここはルルナたちに任せてみましょう」


「こいつらに……!?」

セイラの悲鳴のような声が艦橋に響いた。


彼女は何度も若い奉仕種族たちに振り回されてきた。

そのトラウマが彼女の眉間を深くするのも無理はない。


「正気か!? どう考えてもロクなことにならんだろ!!」


「大丈夫よぉ〜。ちゃ〜んとあたしがフォローするからぁ」

アーシグマが手をひらひら振りながら参戦する。


「はいは〜い!! あたしがやる〜♡」

「交流デビュー楽しみぃ♡」


ルルナたち若い個体はテンションMAXだ。

セイラの顔から血の気が引いていく。


「お前らなぁ!! いつぞやのいたずらを忘れたのか!? 変なこと言って地球人に誤解させるだろ!」


「ひどぉ〜い、チーフぅ。あたしを信じてくださいよ〜♡」


「お前を信じて何度バカを見たと思っているんだ! 覚えてるだけで一〇七回だ!!」


「え〜♡ 回数数えてるとかマジ引くんですけど〜♡ きも〜い♡」


「ん? お前、今かわい子ぶってひどいこと言ってないか? 言ってるよな!? おい!!」


いつものセイラ VS 若い個体たちの小競り合い。

アリスはくすりと笑いながら口を挟んだ。


「次で……地球の仏教でいわれる“煩悩の数”と同じになりますね」


「なんだかんだ、それだけの数任せてるセイラちゃんも甘いわよね〜」

アーシグマも追い打ちをかける。


「うぐっ……!」


セイラが言葉を詰まらせた瞬間、アリスが柔らかな声で助け舟を出した。


「もしもの時は私が変わります。この子たちを信じてあげてください」


その一言で、セイラの肩からほんの少し力が抜けた。


「……もう!! いい!!」


不毛な言い争いに飽きたのか、セイラは手を振り上げて諦めを示す。


「私は宇宙そらの艦隊へ報告もあるから当日はここにはいない! アリス、まかせたぞ!!」


「はいはい。任せてください」


アリスが穏やかに答えると、セイラは「ふん!」と鼻を鳴らして艦橋を後にした。


残されたアリス、アーシグマ、そしてルルナたちは——


「ふふっ……がんばろうね、みんな」

「了解〜♡ 本気出しちゃおっかな〜♡」


と、どこか楽しげに通信準備を始めるのであった。


その日、地球上のあらゆる通信衛星が、まるで同じ悪夢にうなされたかのように震えた。


南太平洋の無人海域──そこに突如現れた、謎の人工島“ノア・プレート”。

その上空から、地球の観測史に存在しない、異常な高周波信号が放たれはじめたのだ。


「……なんだこれは? 映像処理が追いついていないのか」

「電磁パターン、既存データに一致せず! 赤外線も形状が……わからない……」

「おい! 音声信号が入る! レベル急上昇!」


各国の司令室が、張りつめた空気に包まれる。


次の瞬間──世界中のスクリーンが、一斉に“ノイズ渦巻く光球”へと切り替わった。

政府、軍、病院、駅前のデジタルサイネージに至るまで……例外はなかった。


ノイズの間から、ぼやけた“二つの人影”が浮かぶ。

髪色も顔も判別できない。ただ、人型であることだけが、はっきりと。


「――はいはい、みんな~、聞こえてるかしら~? あっ、映っちゃってる? ちょっとA-Σ先輩、光強すぎ~」


「落ち着きなさい。手順を無視するなって言ってるでしょ。まずは開口の宣言から」


「はぁ~い……もう、かた~いんだからぁ……」


なぜか地球の通信網をジャックしている側が、緊張感ゼロだった。


「それじゃ、いっくよ~~♡」


そして彼女は、満面の笑みで叫んだ。


「ワレワレハ、ウチュウジンダ!!」


世界が固まる。


「だから!! それはやめなさいって何度も言ってるでしょうがぁ!!」


「え~!? だってぇ! 地球の映画でみんなこれ言ってたもん! 正式なあいさつじゃないの~?」


「んなわけあるかーーー!!」


完全にコントである。


しかし、その声はあまりにクリアで、

まるで耳元で囁かれているような質感だった。


電子ノイズの向こうから、女性とも少女ともつかない声が響く。


ノア・プレート側。モニターを前にアリスはこめかみを押さえた。


「……ここまでですね。アーシグマ、お願いします」


アーシグマが優雅にため息をつき、席のルルナの肩をポンと叩いた。


「はいはい、退いて退いて。まだ未熟者は後ろに下がるの♡」


「やだやだやだやだ!! なんで!? まだ少しも喋ってないのに~~!!」


「いい子だから! ほら、さっさと!!」


「やーーーだーーーー!!」


ルルナの駄々が遠ざかるにつれ、画面のノイズも静かになっていく。


そして──


別の声が、ゆっくりと世界へ響きわたった。


「……我々は、この星との“会談会合”の準備を完了しました。

 各国の代表の方々にご出席をお願いしたく、

 これをもって、正式な連絡チャンネルを開設いたします」


透明で落ち着いた女声。

それは先ほどのドタバタ劇とは別人のように澄んでいた。


世界は、言葉を失ったまま──ただその声を聞いていた。


その声は穏やかで、機械的な残響もなく、ただ静かに滑らかだった。

地球側は一瞬で緊張に包まれた。

何語だ? 英語でもロシア語でもない──

それでも、意味が理解できた気がする。


「……どうなってる? 翻訳でもないのに理解できるぞ……」

「脳波に直接? ありえん……」


国連本部の緊急通信会議室。

各国の代表がモニター越しに意見を交わし合う。


「とにかく、何か返答を……」

「返すにしても何語でだ?」

「英語は通じるのか?」

「彼女たちが英語を話せる保証はない。」


議長席に座るフランス代表が、ため息をついた。

「まったく……こんな状況で通訳を探す余裕もない。」

そして、覚悟を決めたように口を開く。


 🇫🇷「Nous... ne pouvons pas répondre immédiatement. Nos pays sont divisés.」

 (我々はすぐに返答できません。国が分かれているのです。)


通訳が困惑して口を開く前に、通信の向こうから即座に返答があった。


 🇫🇷「Nous comprenons. Dès que votre décision sera prise, utilisez ce canal.」

 (承知しました。決定され次第、このチャンネルをご使用ください。)


たった数秒の間に、完璧な発音、完璧な文法。

議場が一斉にどよめいた。


「……今、フランス語で返したぞ?」

「音声認識と翻訳を同時に? いや、それよりも……反応が早すぎる!」

「たった数秒で、言語体系を……理解したのか?」


英語圏の代表が、半ば冗談めかしてつぶやいた。

「この調子だと、次はロシア語でも通じるんじゃないか?」


すると即座に、通信のノイズがひときわ大きくなり、

今度はロシア語で短く返された。

 🇷🇺「Понимаем. Свяжитесь с нами, когда будете готовы.」

(了解しました。準備が整い次第、ご連絡ください。)


会議室は静まり返った。

フランス代表が、苦笑いを浮かべてぽつりと漏らす。

「……冗談も通じるようだな。」


その瞬間、別の代表がため息混じりに言う。

「ただ、普段の通信ログを見ると……どうやら彼女たち、日本語をよく使うようですよ。」


視線が一斉に、日本代表団へ。

官僚も総理も、反射的に背筋を伸ばす。

「い、いや、うちは関係ありませんよ!? 勝手に人工島の上で……!」


横の通訳が苦笑いを噛み殺し、議場に小さな笑いが走る。

そのやり取りをこっそり聞いていたルルナが、画面の向こうで楽しげに声を上げた。

 「まってるねー、ばいばーい♪」


A-Σが慌てて振り返る。

 「こら! 今、真面目に話してるのよ!」

 「えー、でも可愛い反応だったのにぃ~!」


A-Σとルルナのやり取りが完全に丸聞こえになる。


通信のノイズが一瞬強まり、次の瞬間、映像はぷつんと途切れた。

光の粒だけが、しばらく画面に残る。


世界中が黙り込んだ。

国連会議室、各国の司令センター、ニューススタジオ。

すべての空間で、誰もが息を呑んでいた。


「……いま、あれは……“彼女たち”ってことでいいのか?」

「姿は、見えなかったな。」

「だが、声が……」


 誰かが、ゆっくりと呟く。

「笑ってたよな。最後に。」


ノイズだけが、世界を包み込む。

青い星は沈黙した。

だがその沈黙の奥で──確かに、誰かが“笑っていた”。

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