第5話「混乱の地球、沈黙の宇宙」(改)

セイラとアーシグマが会議室を離れた、そのわずかな隙を――

ヴィオラは見逃さなかった。


「よしっ、今のうちに“実地訓練”いくわよ♡」


妙にキラキラした視線で、ミントたちに合図する。


「だ、大丈夫かなぁ……バレたら絶対怒られるよ……?」

「大丈夫に決まってるでしょ! この私が言ってるのよ? ね、ちょっとくらいバレないわ!!」


確信を持っているのはヴィオラだけだったが、もう止まらない。

そのまま勢いで通信チャンネルを開いてしまった。


――すると。


「え? 同時接続が……来ています!!」

「全世界の受信基地が強制接続!? なんだこれは!!」


地球側に大混乱が走り、世界中の政府機関が大騒ぎになった。

直後、スピーカーから甲高い声が響く。


『Guten Morgen? Hello, everyone……あーもう! 言語分かれててめんどくさい!! 日本語でいくわよ!!』


突然の挨拶に、地球人たちは固まった。


『みなさーんこんにちは! 聞こえてるかしら!?』


「な、何だこれは!!」

「人工島からです!!」

「なんだとーーー!!」


地球人側は叫び声ばかりで、会話にならない。


『ちょっと! 聞こえてるの!? 早く答えなさいよ!!』


いら立つヴィオラ。その肩をミントたちが押し分けて前に出る。


「つぎ私ー! えっと……ワレワレハウチュウジンダ(喉ポンポン)」

「みんな食べちゃうぞ~♡」


「はぁ!? あんたら何言ってんのよ!! 誤解されるでしょ!!」


案の定、地球はパニックになった。


「宇宙人!?」

「食べるって言ったぞ!? 侵略か!!?」


さらにルナがのんきに続ける。


「ぷるぷる……僕、悪い宇宙人じゃないよ?」


「ルナまで何言ってんのよ!? 馬鹿なの!? もう全員黙れ!!」


そのときだ。


『チーフ戻ってきた! 早く切って!!』


慌てた声が飛び、次の瞬間――。


「お前ら、何をやっているんだ?」


冷えた声とともに、セイラが現れた。


「な、なんでもないわよ!? じゃあね!!」


ヴィオラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

地球側には「ドタドタドタッ」という足音が丸聞こえだった。


『まったく、使い終わったら切れと言ってるだろうが!!』


ガンッという音とともに通信は切断された。

地球人たちは沈黙し、その後ただ困惑するしかなかった。


◆翌日

だが騒ぎはそれで終わらない。

翌日も、そのまた翌日も、同じように“強制接続”が続いた。


『ねえねえ地球さーん! チョココロネパンってなにー? おいしーの? 甘~い?』


「あ、甘くて美味しいですよ……」


つい答えてしまう地球人。


『甘いってー!』『食べたーい♡』


わちゃわちゃ盛り上がっていると――。


『あっ、アリス来た!!』


またドタドタと逃げる足音。


『もう!!また電源入れたままじゃないですか!!ちゃんと切ってください!!』

『はーい♡』


そして通信はぷつん。


人類社会だけは嵐だった。


世界中の都市は、朝から晩まで「奉仕種族(ほうししゅぞく)」の噂でざわめき、

各国政府は緊急会議を延々と続け、新聞は臨時号を刷っては品切れを起こし、

ニュース番組は専門家と称する人々が


「彼女たちは侵略者だ!」

「いや、あれは高度平和外交だ!」

「いやいや、あのテンションはどう見ても宇宙ギャル……」


と、まるで理解不能な議論を続けていた。


“混乱”という言葉では足りないほどだ。


そして世界を混乱させている張本人は――


『やっほー☆ 地球さーん! ねぇねぇ、この前の“焼きそばパン”ってなにー?』


「来たぞ……!」

「まただ!!」

「焼きそばパンで国際回線使うな!!」


怒号が飛び交った直後――。


『こらぁぁぁっ!! 報告手順を無視するなって言ったでしょーーー!!!』


雷鳴のような怒号が響きわたり、

画面の向こうで「きゃー!!」「逃げろ!!」と阿鼻叫喚。


ガタン、バタバタバタッという音がして、通信はまたぷつり。


どうやら、彼女たちの悪戯がバレて、とうとう“雷”が落ちたらしい。


地球人はただ天を仰ぐしかなかった。


日本政府・臨時対策室

徹夜続きで顔色の悪くなったスタッフたちが、

沈黙の中でモニターを見つめていた。


「……これは侵略というより、通信事故では?」

「いや、事故にしてはノリが軽すぎる。」

「というかどう聞いても女子高の昼休みじゃないか。」


静寂。そして――。


ふっ、と誰かが吹いた。

それを皮切りに、部屋中の緊張が一気に崩壊。


「……つまり我々は今、宇宙女子高の校内放送を“傍受”していると?」

「それが世界を混乱に陥れているんですよ!」


ニュースでは《奉仕JK襲来》《雷オカマ監督官?》の特集が連日流れ、

SNSは#奉仕JK襲来がトレンド入り。

世界は真剣に混乱していた。


ノア・プレートでは――

「ねぇ、もうちょっとだけ話してみたいよね?」

「ダメダメ。次やったら怒られるって。」

「だって、“ご主人様”がどんな人か気になるんだもん。」


ルルナたち若い奉仕種族たちは、

まるで内緒話のようにひそひそ盛り上がっていた。


みんな目をキラキラさせ、顔を寄せ合っている。

完全に“観光前の女子旅”テンションだった。


しかしその時――。


空気が、ピタッと凍りついた。


電子音が高く鳴り、観測ドームの扉がゆっくり開く。


そこに現れたのは――

ひときわ大柄で美しいシルエット。

アンドロイド調整官、A-Σ(アーシグマ)。


空気が一気に張りつめる。


「はいはーい。あんたたち~、また地球に“やっほー”送ったでしょ?」


語尾は柔らかい。しかし声の裏に雷雲の気配が混じっていた。


「えっ、えへへ……ちょっとだけ……」


「“ちょっと”で惑星全体の通信がノイズだらけになることがあるかーっ!」


ドームに稲光が走り、若い個体たちは半泣き。


A-Σは怒りながらも、どこか嬉しそうに呟いた。


「ほんと、あんたたちって……地球が好きなのね。」


その言葉に、若い個体たちは顔を見合わせ、照れたように笑った。


「だって、“ご主人様”かもしれないんだよ?」

「うん……ずっと、会いたかったから。」


A-Σは深いため息をつくと、穏やかに呟いた。


「……まあ、いいわ。言語習得の進捗は悪くないし、人工島の建設も予定通り。あとは“地球との正式な通信”ね」


そして、画面に映る青い海を見つめながら、


A-Σはゆっくりと笑った。


「さあ……次は、ちゃんと挨拶しましょうか。礼儀正しく、ね」


そして――

世界の混乱はまだ序章にすぎなかった。


その“好奇心”が、いずれ運命を変えることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る