第7話「日本代表決定!? 国連会議のざわめき」(改)
嵐のように吹き荒れた“彼女たち”の通信が唐突に途切れたあと──
ニューヨークの国連本部は、しばし呆然とした静寂に包まれた。
巨大な円形会議室。
世界中の国旗が円を描くように並び、翻訳イヤホン越しのざわめきが、
水面に投げ込まれた小石のように、緩やかな波紋となって広がっていく。
空調の低い唸り、資料をめくる紙の微かな擦れ、
落ち着かない指先が机を叩くリズム──
それらが混ざり合い、
“突然、宇宙から会談を申し込まれた地球”の混乱を端的に物語っていた。
「……さて、どうするんだ、これ。」
アメリカ代表が眉間を揉みながら資料をぱらぱらとめくる。
地球史上初の問題に対し、あまりに普通すぎるその仕草が、逆に頼りなく見えた。
「全国家の首脳を出すのか? それとも選抜?
“地球代表”なんて、前代未聞だぞ。」
「前代未聞なのは、宇宙から“招待状”を送ってきたあの連中の方だろう。」
イギリス代表が半笑いで返すと、会議室に小さな笑いが漏れる。
緊張しているのに、妙に浮ついている。そんな空気だった。
“滅びの宣告”ではなく “会談の申し込み”。
その一点だけで、現実味が一気に曖昧になっていた。
「ワレワレハウチュウジンダ……まさか生きてる間に本物から聞けるとは思わなかったな。」
「同感だ。あれは反則だろう。」
誰かのぼそりとした呟きに、また笑いが起きる。
「あの最初の娘さんの通信なんて……うちの娘がいたずら電話してきたのかと思いましたよ。」
「わかる。妙にリアルだった。」
「向こうも遊びたい盛りの子どもたちに振り回されてるんだな。」
「いたずら通信も、しょっちゅう怒られてるらしいしね。子ども持ちとしては気持ちがわかるよ。」
「そうそう、“ダメ”って言っても止まらないんだよな。」
「初めて見るものへの興味が勝つんでしょう……まあ、多少は大目に見て──」
「おいおい甘やかすなよ! 毎日いたずらされるぞ!」
「そうだ! うちの息子なんて落書きを褒めたら家中の壁がキャンバスになったからな!」
完全に脱線した“子育て世帯あるある談義”があちこちで始まり、
すでに議題どころではなかった。
“地球代表を決める緊急会議”は、なぜか “宇宙の子育て雑談会”へと進化していた。
そんな中、ぽつりとフランス代表が呟いた。
「──まあ、誰が出るにしても……日本は確定だろうな。」
ざわっ、と空気が揺れた。
「えっ?」
日本代表が反射的に立ち上がる。
「な、なぜ我が国が決定なんですか!? 一体どういう……!」
「そうですな。」
アメリカ代表がうなずきながら、水をひと口飲む。
「さっき言ったやつがいたが──
あの宇宙人たち、日本語が得意らしいじゃないか。」
イギリス代表が肩をすくめて笑う。
「通訳要らずで交渉できるなら、合理的な判断だろう?」
「ええ、ええ。会話もスムーズですし、文化的にも近いのでは?」
ロシア代表もにやりと笑って同意する。
張り詰めた空気が徐々に和らぎ、冗談めいた雰囲気に変わっていく。
「お土産に漫画とアニメのDVDを持って行けよ。友好の証だ。喜ばれるぞ?」
アメリカ代表が茶化すように言い、笑いがさらに広がる。
「寿司や天ぷらもいいじゃないか。あれはうまい。宇宙人だって気に入るだろう。」
フランス代表も調子を合わせ、会議室は賑やかさを増していく。
「ちょ、ちょっと、それは横暴じゃないですか……!」
日本代表は真っ青になって抗議するが、誰も止まらない。
むしろ、これほど笑いの出る会議は久しくなく、
混乱の中のささやかな癒しになっていた。
「ですから! 我が国を勝手に外交窓口にしないでください!」
日本代表の悲鳴は、会議室全体の笑いにかき消された。
──しかし、この瞬間。
さらなる地獄が日本席を襲う。
後方の若い職員が、堪えきれず勢いよく立ち上がった。
「先輩! 一回言ってやりましょうよ!」
「ちょっ、君なにを──」
「お土産って言いますけど、アニメは種類が多いんです!!
宇宙人が日本文化を研究してるなら、
『銀河※※伝説』か『※※※ムーン』で決まりです!」
「何言ってるんですか!」
隣の女性職員が負けじと立ち上がる。
「ここは『※※キュア』ですよ! 愛と友情で平和を守るんです!!」
すると別の職員がすかさず言い返す。
「何言ってんだ!! 声とノリからして絶対JKだろ!!
ここは日常系アニメで地球の文化を理解してもらうべきだ!!」
「はぁ? 今どきJKとかキモいんですけどー?
恋愛ものの“君に※け”で攻めるのがベターでしょうが!」
──職員全員、完全に推しアニメを語り出した。
日本代表は呆然と立ち尽くす。
背後では職員たちが議論というより“布教の殴り合い”を始めている。
「や、やめろ……! 世界の場だぞここは!!」
日本代表、頭を抱える。
「ロボットだ! いやアイドルアニメだ!」
「異世界転生も捨てがたい!」
気づけば日本代表の机は、世界で唯一、
“地球の未来 < 推しアニメの布教”
という終末的状況に陥っていた。
代表は両手で顔を覆い、深いため息をつく。
「地球の未来より、日本の未来のほうが先に終わりそうだな……」
シン……と静寂が落ちた。
次の瞬間。
会議室は爆笑に包まれた。
誰かが机を叩いて笑い、
誰かが「その発想は嫌いじゃない」と肩を揺らす。
その笑いは、恐怖を打ち消すための、
ほんの小さな祈りのようだった。
窓の外──深い群青の宇宙に浮かぶ青い星。
ゆるやかに瞬くその光は、
“笑う人類”を、ただ静かに見守っていた。
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