第45話 激闘と事故

 こうなってしまえばこっちのものだ。そう思ったのも束の間、実はそんなに生易しいものではなかった。


 敵の手から離れたものの、神器の鏡はまだ封印されたわけでもないし、こちらが奪い取ったわけでもない。この状態だと神器と使用者の間のきずなはまだ失われてはおらず、魔法反射の能力も生きているのだ。


 魔法反射を完全に止めるには、神器を破壊するか、封印するか、または使用者自らが手放す必要があるようだった。


(シルビア、グロリア、障壁を仲間やスザクたち、それと荷物、ああそれから森も壊さないように、敵を逃がさない感じでお願いね、あとそれと……)

〈ああもう、分かったから少し黙りなさいな。〉


 こちらのグループは、剣技は未熟かもしれないが、二人の障壁さえあれば敵の剣も魔法も通用しないはずだ。


 相手のグループは神器の力で魔法は反射できても、剣の攻撃を防ぐことは出来ない。怪我の治療をする魔法は使えるようだが、それにだって限りがあるはずだ。


 つまりこれで、俺たちの負けは無くなった上に、敵を逃がすことも無い。かなり時間はかかるかも知れないが、この勝負、俺たちの勝ちで確定だ。こうなったら、あとはゆっくりと敵を削っていけば良いだけだった。


「ああ、クソが、当たらねえ!」

「けっ、クソガキが、そんなへなちょこな剣が当たるかよ! うお? なんだこつ、剣が効かねえぞ?」


 あちこちから同じような声が聞こえてくる。


 時間さえかければ勝てる、最初はそう思ったのだけれど、相手は思ったよりも強かった。こちら側では一番の剣の使い手であるホムラでさえ、相手に有効な斬撃を与えられないのだ。


 ハヤトやダイキでは軽くあしらわれているし、マヤの抑え込みも魔法反射のせいでうまく働かない。やはりあの鏡をなんとかしないといけないのだ。



 そしてもう一つ、こちら側には特殊な問題があった。それは精霊二人の自尊心である。


 シルビアとグロリアは自分たち精霊シーが魔法では最強だと信じているし、実際にそれだけの力がある。しかしここまでのところ、相手が対魔法特化の神器を持ちだしたこともあり、思ったように敵を倒すことが出来ないでいた。


 俺なんかは、神器ってことは相手は神さまなんだし、上手くいかなくて当然、神さま相手に互角以上なんだから、何も問題ないと思ってしまうのだが、彼女たちにとってはそうではないらしい。


 二人は精霊シーの自尊心と存在意義をかけて、神器持ちの敵を魔法で打ち破ろうとしていたのだ。


《それじゃあ、私は全力で魔法攻撃しますね~。》

〈ええ、私は全力で防御するわ。〉


 えええ? ちょっと待って! 何もそこまでしなくても!


 俺がそう思った時にはすでに遅かった。シルビアとグロリアの超特級合体魔法が、俺たちの周囲の狭い範囲に炸裂したのだ。


 ピシャッ! ドゴゴゴゴッ!


 その極大魔法の発動と同時に、激しい光が辺り一面を真っ白に染め上げ、そして轟音と爆風が森に張られた障壁の中で荒れ狂う。俺たちはまるで洗濯機の中の洗濯物のように揉みくちゃにされ、何度も魔法障壁に叩きつけられる。


 その破壊力は凄まじかったが、それはまだ前奏に過ぎなかった。その膨大な魔法の力は再び一ヶ所に集まっていく。


 ビシャーンッ!


 そして一回目とは比べ物にならないほどの大爆発を起こした。その超新星を思わせるほどの高熱は、地面を一瞬にして溶かして蒸発させていく。


「うわぁ! 目がっ! 目があぁっ!」


 あまりのまぶしさに一時的に視力を失った俺たちは、地響きを立てて崩れ落ちていく地面の残滓と共に、魔法によって生まれた深い穴の中に落ちていったのだった。



 俺は暗闇の中で意識を取り戻した。俺が気を失っていたのは、どうやらほんの短い間の事だったようだ。何が起こったのかわからないし、まだ周りはまったく見えないが、どうやら俺たちは深い穴の中に落ちたらしい。


「みんな、無事か?」

「主様、私は無事です。」

「俺も無事だぜ、賢者。」


 ホムラとダイキの無事の報告が聞こえてきた。それ以外の仲間たちの報告もポツポツと聞こえてきて、どうやら全員が無事だったことがわかった。


 いや、全員じゃないぞ、シロはどこにいった? まさか巻き込まれて大怪我をしたんじゃないだろうな?


「シロはどこだ?」

「ぬし~、ここ~!」


 シロの声が俺の耳のすぐ近くから聞こえてきた。ふう、良かった。どうやら無事のようだ。


 しかし目がまったく見えないのは困ったな。誰かに灯りをつけてもらうしかないか。そう思ったところで気が付いた。シロが俺の頭に抱きついていて、その小さな手で俺に目隠しをしていたのだ。


 シロに手をどけてもらうと、周りの景色がはっきりと目に映るようになった。ここは完全に縦穴の下だ。周囲には魔法による光の玉がいくつも浮いているのが分かった。頭のはるか上には、穴の入り口が月のように小さく光っている。そして周囲には瓦礫がれきが散乱していた。


(この状況は何? それと敵はどうなったの?)

《手下共は蒸発したみたいですけど~、残念ながら女親分は無事です~。神器の鏡もびくともしてないですよ~。》

〈連発すればなんとかなりそうね。〉

(あ、待って、お願い。それは後にしよう。)

〈主様がそういうなら、そうしましょうか。〉


 どうやら襲ってきた奴らは、あの金髪美女の親分を除いて全滅したようだ。



 その金髪美女の親分だが、俺の正面、少し離れたところに立っていた。いったいいつ拾ったのだろうか、その手には再び神器の鏡が握られているようだ。


「雑魚は片付いたみたいだけど、女親分はあの魔法でも駄目だったか。」

「タカシ、あれはかなり厳しいわよ。雑魚でもかなり強かったのに、あれはそれよりもっと強いのよ。」

「最初は隙を見ていけたんですけどね、もう警戒してしまってて私には無理みたいです……。」


 みんなが駄目なら、シロならどうだろうか。そう思いはしたが、シロは穴に落ちたのが怖かったのか、涙目になりながら俺にしがみついていて離れようとしない。


 それならマミコはどうかと思ったが、瓦礫に逆立ちした状態で頭から突っ込んでいて、足しか外に出ていない状態だ。これじゃあ、とてもじゃないが戦力になりそうにない。


《あれは神器ですからね~。こうなったら、こちらも神器で対抗するしかないですね~。》


 そうか、神器か。しかしそんなこと言われても、俺は神器なんて持っていないし……痛っ! 痛いっ!


 腰のあたりを何かに刺された。ああ、またタワシか。こいつ刺す威力が上がってないか? そう言えば俺には女神様謹製の、このタワシがあった。でもタワシでどうやって道を切り開けばいいんだ……。


 俺の心配は杞憂に過ぎなかった。俺が次元収納からタワシを取り出してみると、タワシは勝手にシュパッと飛び出して、鏡に向かって突撃していったのだ。そして鏡の事を敵と見るや、タワシは鏡に向かって猛然と攻撃を開始したのである。



 神器のタワシと神器の鏡、神器同士の壮絶な一騎打ちが始まった。普通の人間にこの戦いに手出しできる者がいるだろうか、いや、いないだろう。


 タワシの華麗なるこすりに、鏡が我慢できずに逃げ出す。しかしタワシはしっかり回り込み、まるでボクシングのワン・ツー・パンチのように、鏡に連打を叩き込み、その汚れをこそぎ落としていく。


 鏡はたまらず、タワシの目を狙って太陽の光を反射し、そのまぶしさに耐えられなくなったタワシの拘束から逃げ出すことに成功した。まさに高い技術の応酬だ。


 この戦い、技術的にも体力的にも互角と言えるものだったが、それとは関係なく、どうしようもない相性というものがあった。


 鏡の攻撃はほとんどタワシには通用せず、鏡はどんどんタワシに磨かれて、汚れもさびも落ち、どんどんピカピカのツルツルに変わっていく。戦いに決着がつく頃には、鏡はすっかりキラキラのテカテカに変貌をとげていたのであった。


 タワシは戦いに満足したのか、俺のところまで戻ってくると、また勝手に俺の次元収納の中へと帰っていった。



「ああ何てこと! 私の鏡がっ!」


 残念な金髪美女が、俺のタワシによってピカピカに変貌してしまった鏡に駆け寄り抱き上げる。しかしもう鏡は古ぼけたその姿を失い、ピカピカのツルツルになってしまっているのだ。


 つるんっ!


 金髪美女が鏡をしっかり掴もうとしたその瞬間、ツルツルになった鏡はツルっと滑って、そのまま真上に飛んでしまい、そのまま穴の入り口から飛び出して、空の彼方へと飛んで行ってしまったのだ。


 さすが女神様謹製のタワシ、なんという強力な洗浄力と研磨力だろうか。これなら焦げ付いたフライパンでも安心過ぎるぞ。


 そして図らずも自分から鏡を手放す形になってしまった金髪美女は、神器の鏡との繋がりを失い、それと同時に魔法の反射能力も失ってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る