第44話 乱入者たち

 一瞬、俺は森が揺れたと感じたが、実際はそうではない。揺れたのは妖獣シバーの影だ。


 周囲から一斉に妖獣が襲い掛かってくる。


〈怪しいグループが二つとも飛んで来たわよ、これは瞬間移動の魔法ね。〉

(瞬間移動? なんだよ、それは!)

《相手にかなり上位の魔術師がいるってことですね~。》

(それってもしかして、シルビアとグロリアより強いとか、守り切れないとか、そういうこと?)

〈まさか、笑わせないで。私たちは精霊シーなのよ?〉

《私たちより強いのは、神さまぐらいですよ~。》


 精霊二人に自信過剰だとか突っ込む時間も勿体ない、すぐにその情報を仲間と共有だ。


「怪しい奴らも来た!」


 妖獣と違って、人間なら俺にでも気配がわかる。怪しいグループのうちの一つがこちらに走り寄ってくるのだ。


 妖獣の数が多い。このままだと飲み込まれてしまいそうだ。もしもその上に盗賊に襲いかかられたりしたら、絶対に持つわけがない。


「おい、危なそうだな、助けてやるぜ!」

「無用!」


 怪しいグループがこちらに走り寄りながら、助太刀を申し出てくる。しかし俺はそれを制止するように、大きな声を張り上げて断った。


(悪い、周囲の妖獣、半分減らして!)

《はいは~い、十匹だけ残して始末しますね~。》


 俺たちは実際、何も危ないことはない。それを怪しい奴らに見せつけるかのように、十匹以上の妖獣シバーの首を、魔法で一瞬にして斬り飛ばしてもらう。


 普通ならこの魔法を見て、俺たちが危険な相手であることが分かり、手出しをあきらめるか、少なくとも二の足を踏むだろう。



 しかし彼らは普通では無かった。怪しい奴らはそんな魔法を目にしたにも関わらず、ニヤニヤと笑いながらさらに近寄ってきて、剣を抜いて俺たちの獲物に手出しを始めたのだ。


 もちろん手助けを頼まれた場合は別だが、そうでなければ他人が狩っている妖獣に手出しするのはご法度だ。他人の獲物の横取りは、盗賊として討伐されても文句は言えない行為なのだ。


「おい、狩りの邪魔するなよ!」

「助太刀はちゃんと断ってるでしょ」


 仲間たちが避難の声を上げるが、怪しい奴らはそんなことは物ともしない。剣を抜いたまま俺たちの戦いに乱入してきて、妖獣シバーに切りつけ始めた。


「実際、倒せてねえだろ?」

「意地張ってないで、助けてくださいってお願いしな?」


 もうこうなったら狩りは無理だ。みんなには悪いけど、ここで終了にするしかない。


(残りの妖獣も始末しちゃって? あと回収もお願い。)

《やりますけど~、人使いが荒いですよ~。》


 妖獣たちが綺麗さっぱり消えたのを確認してから、俺は妖しい乱入者に対峙した。


「あ~、狩りの邪魔したことは特別に大目に見てやるから、今すぐに剣を納めて退散しなよ。」

「なんだ~? 助けて貰っておいて、それは無いんじゃない?」

「礼儀知らずのガキンチョには、先輩として色々と教えてあげないとなぁ?」


 ああ、やっぱり。こいつら、俺たちにイチャモンつけて、金品を奪い取ろうという腹だな。簡単に言えば盗賊だ。ほんとにもうね……いただきますって感じだよ。


「今すぐ退散するなら良し、そうじゃなければ盗賊として始末するよ?」


 俺は乱入者たちに最後通牒を突き付けてやる。こいつらは引かないだろう。もう俺にはこの乱入者たちが、ただの金貨の塊にしか見えない。



 その時、もう一つの怪しいグループが俺たちに近寄ってくるのがわかった。スザクとマミコも後衛のすぐ近くまで来て、こちらを見守っている。


「私たちはただの通りすがりなんだけど、ちょっと貴方たち、一体なにをめているの?」


 もう一つのグループの言葉に、乱入者たちが呼応するように答える。


「ああ、こいつらが危なかったんで、見かねて助けに入ったんだが、何を勘違いしてるのか、俺たちを盗賊呼ばわりしやがるんだよ。」

「そういうことね。そりゃ災難だったわね。普通なら謝罪で許すんでしょうけど、盗賊とまで言われたら、それだけじゃ済まないわよね。」


 ああ、そういうやり方か。無理やりに乱入して揉め事を起こし、抗議するともう一つのグループが仲裁に入るわけだ。第三者のような顔をしながら、もちろん向こうの肩を持つ形で。


「おい、なかなかの茶番だな。お前らが裏で結託していることぐらい、こっちはとうの昔に知ってるんだ。しっかり事前打ち合わせしてたこともな。」

「あらら、酷いわね。何を証拠にそんなこと言ってるんだか?」


 何もバレてないとでも思っているんだろうか。まったく暢気のんきなものだ。


「証拠ならいくらでもあるだろ、お前らの魔法の袋の中に。お前らに殺された探索者たちの身分証がな。」

「このガキが!」

「貴方たち、この生意気な子供たちを懲らしめてやりなさい!」


 俺の言葉に、仲裁者のふりをしていた乱入仲間たちが剣を抜いた。


(こいつら全員盗賊ってことで確定だね。始末しちゃおうか。)

〈そうね、そうしましょう。ほいっ!〉


 グロリアの魔法が乱入者たちに同時に襲い掛かった。



 しかしその直後、俺の首に強烈な痛みが走った。そればかりか、魔法で倒してもらったはずの乱入者たちには何も変化はない。


 痛っ! なんだ、何がどうした?


 俺の肩の上のシロも、痛かったのか、それともびっくりしたのか、声を上げて泣き出してしまった。


(なんだ今の? シロは無事なの?)


 俺が見たところシロに怪我はないようだが、念のためにシルビアたちにも確認だ。


〈私の魔法を反射されたわね。〉

《かなり上位の魔法のようですね~。》

(おいおい、まさかこっちの方が不利ってことはないよな?)

《誰に向かって言ってるんですか~? 私たちって精霊シーですよ~?》

(あ、はい、すみません。あ、仲間たちとスザクにマミコ、十人まとめて守って貰っても良いですか?)

〈確かにその方が良さそうね、良いわよ。〉


 グロリアの必殺の一撃を俺に向かって反射したってことか。思っていたよりも恐ろしい奴らだ。


 シロが大声で泣いている中、俺の仲間たちは俺の側に集まってくる。そして乱入者たちも一ヶ所に集結しつつある。それを見て、俺は少し急ぎ過ぎたことを後悔せざるを得ない。


 もう少し、イチャモンの応酬を楽しんでおくべきだった……。


「おい、賢者、どうした? 盗賊相手だぞ。遠慮なんかせずに、ぶち殺しちゃえよ。」

「そうだぞ。順番から言えば、もう考えたんだから殺しちゃっていいはずだろ?」


 いや、俺もそう思うんだけどね、さっきから体中が痛いのなんのって。シルビアとグロリアの攻撃魔法が全部反射されて、おれに襲い掛かって来てるんだよね。


 もうほんとに痛いんだってば。ねえ、頼むから別の方法考えようよ、ね?



 シルビアとグロリアの魔法はとんでもない威力だ。それを正確に反射して俺に撃ち返してくるなど、普通に出来る事なのだろうか。


(これって、なんかおかしくない? 痛っ! 痛っ!)

〈ここまで反射されるのは、ちょっとびっくりね。〉

《まだまだ出力は上がるんですけど~、そうすると周囲の森が吹き飛んじゃうんですよね~。》

(周囲の森に影響与えないように、あいつらを全滅できない?)


 あと、俺も痛くないようにしてください。痛っ! 痛っ! 痛いいっ!


《これは相手の魔法だけの力じゃないですよ~。何か神さまの力を使っているんじゃないでしょうか~。》

〈何かの神器かも知れないわね。〉

(ちょっと! 神さまの力って、相手は神様ってことじゃないの! 俺たち本当に勝てるの?)

《勝てるでしょうけど~、確かに神器を封じた方が手っ取り早いですね~。》

〈まずは相手が本当に神器持ちなのか、それと神器は何なのかを把握する必要があるわね。〉


 どうやら仲間たちを不安にさせているようだ。ここは嘘でも強気の姿勢を見せておく場面だろうな。


「こいつら、魔法を反射するような神器を持っているみたいだ。まあ、実力は大したことなさそうなんで、勝てるだろうけどね。」


 俺よりははるかに強いだろうけど、精霊さんたちの敵ではないと思う。神器さえなければの話だけど。


「オホホホホッ、減らず口を叩いたところで、魔法ではどうにもならないわよ。私が持っているのは神器の鏡。だけど、魔法の攻撃は全て跳ね返すことが出来るのだから!」


 乱入者たちの一人が古ぼけた鏡を取り出して、俺たちに見せつけてくる。こいつが敵のリーダーかな。美しく流れるような金髪で細身の女性だ。本当に綺麗な人なんだけど、ただ残念なことに、胸の周りが……。うん、残念だな。


 彼女の手の中にあるその鏡は、ただ古ぼけているだけでなく、かなりすすけていて、その輝きをほとんど失っていた。ただ見た目はオンボロなのに、なぜか神々しさを感じる不思議な鏡だ。


 あの鏡をなんとかする必要がありそうだ。しかし剣の攻撃は無理とはいえ、あんな神々しい鏡に弱点なんかあるのか?



「えいっ!」


 俺がどうすれば良いか迷っていたまさにその時、相手のリーダーの横から不意に影が飛び出てきたかと思うと、その手に握られた鏡が叩き落とされた。


「うん、確かに剣は効くみたいね。」


 おお! チヅル、良くやった!


 剣の攻撃は無理とはいえ、よく鏡の弱点を思いついたな。


 剣の攻撃は無理とはいえ……


 ……そりゃ剣が弱点に決まってるじゃないか。精霊の魔法が無効化されて、かなり気が動転していたようだ。うん、そういうことにしておこう。


「やったわね、小娘!」


 さて、これでやっとまともに戦えるぜ。

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