第2話 弟子たちよ
ヒック……ゲ〜。
汚らしくゲップを鳴らし、鼻を真っ赤にした男がふらふらと夜道を歩いていた。
薄暗い街灯の下、足元には酒の瓶が転がり、風に転がってカランと音を立てる。
月明かりの中、彼はどこか滑稽で、それでいてどこか哀しい。
彼の名は——ニッチ。
元Sランク冒険者であり、この村では“ニーさん”と呼ばれる男だ。
「……まったく、蜂蜜スライムビールってのは飲み過ぎると腹が冷えるなぁ……ゲ〜ッ」
そう言って腹をさすりながら、彼はふらりと空を見上げた。
そこには、瞬く星の群れ。だが——その一角で、ひときわ強い光がきらめいた。
「ん……? あれ、なんだ?」
ピュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン——!!!
轟音。
空から、何かが急降下してくる。
夜空を裂くように白い尾を引き、まっすぐ彼の頭上へ。
「うわぁっ!? な、なんだよこれぇ!!!」
ニッチは慌てて地面に飛び込むように転がった。
直後、凄まじい衝撃音と共に、土煙が辺りを覆う。
大地が震え、木々がざわめき、村外れの静けさが一瞬で破られた。
ゴホッ、ゴホッ……。
「なんだ!? 隕石か!?」
彼は咳き込みながら立ち上がると、腰に差していた古びた剣を抜いた。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
剣を地面に突き立て、勢いよく振り下ろす。
その一撃で土煙が割れ、視界が開けた。
そこには——人影があった。
月光を浴びた白銀の髪。氷の羽のような光を背に纏う美少女。
そして、炎のような杖を持つ美少年。
「人……? 誰だてめぇら。ぶちのめすぞ!」
剣先を向けるニッチに、女が軽く手を上げて答えた。
「ごめんなさいね。突然だけど——こんな石、持ってません?」
彼女の手には淡く光る水晶の欠片。
「は? 誰だって聞いたんだよ、ガキぃ!」
「私の名はジェネリー。Sランク冒険者であり、アコロ英雄の一番弟子よ!」
「アコロぉ?……」
ニッチの表情が一瞬で変わった。
次の瞬間、酒気が完全に消えるような低い声で呟く。
「あ……あいつか。そんで、そのクズの弟子が何の用だ? 石ぃ? そんなの知るかカス!」
「——!? ちょっと! お師匠様のこと、今なんて言った?!」
ジェネリーの声が鋭く響く。
空気が一瞬で冷え込み、霜の粒が舞う。
「まぁまぁ、ジェネリー」
クァイヤが静かに前に出た。
「それはありませんわ。この水晶が、あなたのいる地点を直に指しているのです」
彼の手の中の水晶が、ニッチの胸元をまっすぐ示していた。
「もちろん、金はあげますわ。お師匠様の物を、自分のものにしたい気持ちはわかります」
その言葉が終わるより早く——
ドンッ!!
音を置き去りにするほどの速度で、拳がクァイヤの頬をかすめた。
爆発のような衝撃。
砂煙が舞い、足元の地面がひび割れる。
「なっ……!」
ジェネリーが息をのむ。
目の前の男、ニッチの右拳はまだ振り抜かれたまま。
その一撃には、明らかに魔力の気配がなかった。
ただの肉体の力。それだけで、空気を揺らす威力。
「てめぇら……お師匠様だぁ? アコロの弟子だぁ? 笑わせんな」
ニッチの瞳に、怒りと何か別のもの——痛みのような色が宿る。
「!? あなた、何するの! ——凍結魔法!」
ジェネリーが咄嗟に詠唱を放つ。
空気が一瞬で凍りつき、氷の槍が生まれ、ニッチめがけて一直線に突き進む。
しかし——
バキィィィン!!
拳が振り抜かれた瞬間、氷は粉々に砕け散った。
氷片が月光を反射して宙に舞う。
ジェネリーの表情が凍りつく。
「……あんた、何もの!?」
ニッチはゆっくりと拳を下ろし、肩を回した。
「昔な……氷姫の師匠と肩並べてた時代があったんだよ」
低く、乾いた声。
だがその声には、確かに本物のSランクの重みがあった。
ジェネリーは息をのんだ。
クァイヤも目を細め、冷静な顔の奥で緊張を隠せない。
夜風が吹く。
砕け散った氷の粒が、まるで星のように二人の間を漂った。
月明かりの下、静寂が落ちる。
それは、次に何かが始まる予兆のようでもあった。
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