第3話 聖剣使いの少年


アコロ…その名前を聞き俺は過去の記憶を思い出す………



 ——地元の魔導協会。

 木造りの古い建物の中、魔力を測定する水晶球が淡く光っていた。

 その日、俺の人生は大きく変わった。


 「ニッチ君の天恵魔法は……おおっ! 聖剣使い!」


 検査官の男が驚きの声を上げる。

 周囲の見学者たちが一斉にざわめき、次の瞬間、拍手が湧き起こった。

 俺は呆然と水晶を見つめたまま、息を飲んだ。

 聖剣使い——その名を聞いたことがない者はいない。


 十五歳のとき。

 神より“成人”の証として与えられるのが天恵魔法。

 人によって火や水、雷などの属性が授かるが、聖剣使いは別格だった。

 王国において、魔王を討てる唯一の素質を持つ者。

 まさに神の祝福を受けた存在。


 「す、すごいぞニッチ!」「まさか同じ村から聖剣使いが出るなんて!」


 大人たちの歓声が響く。

 両親は涙を流して喜んでいた。母さんは俺を抱きしめ、父さんは何度も肩を叩いた。

 その日の夕飯は、俺の大好物——ビッグ鳥揚げ丼だった。

 今でもあの香ばしい匂いを覚えている。

 あの夜の俺は、世界の中心に立っていた。


 翌日、学校ではみんなの視線が俺に集まった。

 誰もが「聖剣使いだってよ」と囁き、俺は王になった気分だった。

 調子にも乗っていた。

 未来にはきっと光しかないと、そう信じていた。


 俺は幼馴染たちとパーティーを組み、王都へ出ることを決めた。

 仲間は三人。


 回復魔道士のエミ。

 岩鎧の戦士ゴリー。

 そして——後にあの名を轟かせることになる魔導士、アコロ。


 まだあの頃は、ただの気のいい友達だった。


 ◆ ◆ ◆


 王都での生活は眩しかった。

 冒険者学校、ギルド、そして初めての本格クエスト。

 俺たちは毎日が楽しくて仕方がなかった。


 「くそ〜……さすがにまだA+ランクは早かったかぁ……!」

 依頼から帰ったばかりの俺は、地面に膝をつきながら唇を噛んだ。

 初めての敗北。相手はただの上級魔獣の群れだったのに、勝てなかった。


 「でも惜しかったじゃん! 大丈夫だよ!」

 エミが明るく言う。彼女は小柄で、いつも笑顔を絶やさない少女だった。


 「もっと鍛えねる必要があるな!」

 大柄なゴリーが拳を握る。岩のような体格で、誰より努力家だった。


 「みんな頑張ったよ〜」

 アコロが柔らかく笑った。彼の笑みはどこか飄々としていて、掴みどころがなかった。


 皆は励ましてくれたが、胸の奥に重たい空気が残った。

 勝てなかった。

 聖剣使いなのに。


 その夜、俺たちは話し合い、六ヶ月間の修行の旅に出ることを決めた。

 それぞれが強くなり、再び集まろう——そう約束した。


 ◆ ◆ ◆


 半年後。

 俺は戦いに没頭していた。

 血と汗と剣の音。

 剣を振るい続け、寝る間も惜しんで鍛え続けた。

 そのおかげで、技量も体力も格段に上がり、新しいスキルも覚えた。

 人は努力すれば変われる——そう信じたかった。


 そして、約束の再会の日。

 懐かしい丘に、三人が順に集まってきた。


 「ニッチ! それ、特級ホノウ剣じゃない?!」

 最初に駆け寄ってきたエミが、目を輝かせて叫んだ。


 「そう! 俺はS級冒険者のファルさんの雑用係として入ってな。そしたらくれたんだ。

 だから次は絶対にS級になるって言ったんだ」


 俺が胸を張ると、エミが嬉しそうに笑った。

 その時、彼女の肩から青い光が飛び出す。


 ムキュッと鳴き声のような音。小さな精霊が舞い上がった。


 「えっへん! 紹介するね。この子は水精霊ウォーブ! よろしくね!」


 エミは少し誇らしげに胸を張る。

 「私、回復魔法しか使えなかったけど、水魔法の道場に通って、なんとかB級だけど水魔法習得できたんだ!

 これで私も戦闘に参加できる!」


 「すげぇな!」

 俺は心から感心した。努力して変わった彼女が眩しかった。


 その時、岩のような影が丘の向こうから現れた。


 「よう! 待ったか!」

 声の主はゴリー。

 以前よりも一回り大きな体に、重厚な岩鎧をまとっていた。


 「お前! すげぇな! 筋肉モリモリじゃん!」

 「岩ぐらい、もう軽いもんさ!」


 拳を突き合わせ、笑い合う。

 皆が修行で成長していた。

 それが嬉しかった。誇らしかった。


 ——そう、一人を除いて。


 「ぁ! アコロ君も来たよ!」

 エミが手を振る。


 丘の下から息を切らして走ってくる少年。

 はぁ、はぁ……お待たせ〜、と笑って手を振る。


 俺は一目でわかった。

 何も変わっていない。

 髪も服も表情も、六ヶ月前と同じだった。

 でも、もしかしたら何か魔法を覚えてきたのかも……

 そう思いたかった。


 アコロは胸のポーチを探り、袋を取り出した。


 「はい、これ! 魔力石! 二百個もあるよ! みんなの戦闘力アップだね!」


 その瞬間——俺の胸の中で、何かが音を立てて崩れた。


 エミが「すごーい!」と拍手をし、ゴリーも「助かるぜ!」と笑う。

 でも、俺だけは笑えなかった。


 何も変わっていない。

 鍛錬も修行もしていない。

 ただ、魔力石を作る。それだけ。


 俺たちが命を削って磨いてきた力の意味を、

 あいつは何も分かっていない。


 ——絶望。


 その言葉しか浮かばなかった。


 空は晴れていた。

 仲間たちの笑い声が響いていた。

 だが、俺の中では何かが静かに終わった。


 聖剣を持つ自分が、誰よりも遠くに感じた。

 その日を境に、俺たちは少しずつ違う道を歩き始めた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る