正当な理由で追放したのに逆襲されて落ちぶれた俺は再び燃え上がる

@azzzsan

第1話 元Sランク



 夜空を切り裂くように、二つの影が星々を駆け抜けていた。

 ひとりは氷の翼を背に、白銀の髪を風に流す女——氷姫の魔導士、ジェネリー。

 もうひとりは燃えるような赤のマントを翻し、背に巨大な杖を担ぐ少年——響火のクァイヤ。

 二人はかつて王国を呪いから救い、魔物戦術の体系を築いた英雄の弟子たちである。


 「……クァイヤ、こっちよ。反応がある」

 ジェネリーの手のひらに浮かぶ水晶球が淡く脈動していた。青白い光が空を照らし、下の雲を透かして地表を映す。

 「お師匠様の“パワーストーン計画”……これで一歩、近づいたな」

 クァイヤが目を細める。

 「まったく。お師匠様、死ぬ間際に“この地に最後の欠片が眠る”なんて言葉を残すんだもの。ロマンチストよね」

 「ロマンというより、呪い残しだよ」

 二人は笑いながら急降下した。

 風を切る音とともに、視界に広がるのは、夜の静けさを湛えた小さな村——アーラン村。

 村の中央には一軒の酒場。そこからは、灯火と笑い声が漏れていた。


 ◆ ◆ ◆ 


 昼間から酒を飲む男がいる。名はニッチ。

 口ひげをたくわえ、肩を落としたその姿は、とても元Sランク冒険者とは思えない。

 だがこの村では、彼の名前を知らぬ者はいない。


 「マスター、蜂蜜スライムビールをくれ」

 カウンター越しに、だらしない声が響く。

 俺はため息をつきながら、ビール樽から泡を注ぎ、黄金色の蜂蜜をとろりとかけた。

 「はいよ。今日も朝からとはね」

 「朝からが一番うまいんだよ。胃が空いてる時に流し込むこの感じ……ぅっはぁ〜〜、ウメェぜぇ」

 両手を広げ、まるで勝利の雄叫びのように叫ぶ。

 常連たちは苦笑し、若い客たちは「ニッチ兄さんまた始まった」と笑っている。


 こんなにもだらしなく見える男だが、確かに“英雄”らしい。

 村人たちは彼をニーさんと呼び、困った時には真っ先に頼る。

 その理由を俺は知らなかった。

 俺がこの村に越してきてまだ一月。

 けれど聞く話によれば、10年前、村を襲った魔獣の群れをたったひとりで殲滅したという。

 当時、王国の辺境は魔の災厄に覆われていた。

 その時、彼が前線を退いてこの村へやってきた——らしい。


 「マスターよぉ、俺はなぁ……昔はよ、炎竜を斬ったことがあるんだぜ」

 「またその話か?」

 「いや、聞けって。竜の眼は赤くてな、俺の剣が——」

 「その剣、今どこに?」

 「質に入れた」

 「……」

 カウンターの端で笑いが起こる。

 酔いどれの英雄。けれど、どこか憎めない。

 その目の奥には、ほんのわずかに、昔の戦場の影が宿っている気がした。


 「今日はもう帰って寝る」

 「お会計1000Gだよ」

 「ツケといてくれや」

 「またツケ?」

 「いいじゃねぇか、村の平和のためによ」

 軽口を叩きながら、ふらふらと立ち上がり、扉を開けて夜風の中へと消えていった。


 


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