第2話 自称恋愛マスターの天使のアドバイス

 体育の授業で男子のバスケットボールが顔面に直撃し、脳震盪のうしんとうを起こしてしまった私は、早退させてもらった。健人が心配そうに、家まで送るよと行ってくれた。お母さんが迎えにきてくれて、帰り、今日はゆっくりしていなさいと言われた。ベッドに横たわりながら、携帯を見ると、珍しく健人からの連絡が何通か入っていた。私の返事がまだだったからか、内容は全て、今日の私を心配するもの。

 大丈夫だよ、と一言送るのに、心臓がドキドキしてしまう。日に日にかっこよくなっていく健人に、落ち着かなくなってしまった。

 窓に何か石が投げつけられているのか、ゴンゴン音がなる。


「ちょっと、開けなさいよ、昼間どこに行ってたのよ」


 聞き覚えのある甲高い声に、私は恐る恐るカーテンを開ける。昨日見た小さな天使アンジがそこに居た。

 今日はフワフワの小さな頭に緑色の葉っぱをたくさんつけている。

 顔を見ると引っ掻かれた後があった。

 窓を開けると、アンジはピューンと部屋の中を一周飛び回り、召喚した時と同じ場所の勉強机の上に立った。


亜瑠あるが昨日窓から投げたから痛い目にあったのよ!!木の葉の上に落ちたと思ったら、そのあと、猫に追いかけられるし、やっとのことで昼間窓のところによじ登ってきたら、居ないしで。本当に恋愛を叶えるつもりがあるのかしら」


 机の上で自分についている葉っぱを避けるアンジ。私はこっそりリビングから救急箱を持ってきて、アンジの頬の傷を消毒した。


「痛いじゃないの」

「だって怪我してるわ」

「こんなものね、魔法で一瞬で治るんだから」


 そう言うとアンジは小さな声で呪文を唱えると体が光り輝いた。

 気がつくと、体の怪我だけでなく服の汚れも取れている。

 驚いて手にしていた消毒用のコットンを手から落としてしまう。


「天使なのを忘れているかしら」


 自信満々のアンジの姿に、私は小さくなる。


「ごめんなさい」

「いいわ。アタシがちゃんとしてなかったのがいけないんだもの。それより、告白する決意を固めたのかしら」

「うん」


 今日、顔面にバスケットボールをぶつけた時に、私が意識を戻すまで健人が心配して離れなかったって保健室の先生が教えてくれた。起き上がった時に、すごくホッとした顔をしたと思いきや直ぐに「どうしてボール避けなかったんだよ」と怒られてしまった。紗奈と話していて気が付かなかったって言い返したら、そっと私の頬に手を伸ばしてきた。

 まだ痛いのかって、至近距離で詰め寄られたら一気に恥ずかしくなって、思わず突き飛ばしてしまった。


「でも、素直になれないんだ」


 保健室でのことを思い出し私はクルクル回る椅子だったので、回り始めた。誰もが夢見るような可愛い女の子じゃない。天邪鬼な私。一番近くに居るはずなのに、ずっと遠くに居る感覚になってしまう。

 私の様子に、むむむと腕組みをしているアンジは、閃いた!!と大きな目を更に大きく見開いて、クルクル回る椅子をピタッと自分の正面になるように止め、顔の高さまで飛んできた。


「食パンを咥えてアタックするのよ。昔から告白のお約束って言ったらこれじゃない」

「食べ物を食べながら走るのって、お行儀悪いです」


 それをして恋が本当に叶うのは物語の中じゃないのかな。即座に反発されたので、アンジは唇を尖らせている。


「それなら、相手の前を歩いてハンカチを落として拾ってもらって初めて会話をするとか、かしらね」

「健人とは幼馴染でいつでも会おうと思えば会えるの」

「それを早く言いなさいよ。それならば、手紙を書いて下駄箱に入れるの。放課後屋上で待ちますって。それで相手が来たら思いの丈を全てぶつけるの。そうすればきっと彼はあなたにイチコロよ」

「なんでそれがわかるのよ」

「アタシは恋愛マスターの天使なのよ。分かるに決まってるじゃない」


 最初の二つのアドバイスは、なんと言うか古典的過ぎると思ったけど、手紙を書くって言うのは、もしかしたらいいアイディアなのかもしれない。

 面と向かって話そうとすると、気持ちをちゃんと伝えられないから。それならば、気持ちに思いをぶつけて、会った時は一言「好きです」って言葉だけ伝えればいいかな。


「ありがとう、アンジ」

「お礼を言うのはまだ早いは。ちゃんと二人が恋人同士になるまで、陰から見守っているからね」


 そう言い残すと、アンジの姿が光り輝いて、机の上から姿を消してしまった。

 私は机の中からお気に入りの便箋を取り出す。

 四葉のクローバーがふちに書かれている便箋に、5年分の恋の気持ちを綴ってみた。

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