第3話
翌日。俺、
職務経歴
株式会社デーモンロード(役職:代表取締役 CEO)
事業内容:大陸間における新規市場開拓、コンサルティング業務
実績
・約10万人の従業員(魔族)を統率し、組織のエンゲージメントを最大化。
・敵対的M&A(武力侵攻)を複数成功させ、マーケットシェアを90%以上拡大。
・炎・氷・雷など、多角的なエネルギー資源の管理・運用実績あり。
……うん、我ながら完璧な出来だ。もはや俺自身が何の会社に応募しているのか分からなくなるレベルだが、これで書類選考は突破できるはず。
問題は、次だ。
「よし、始めましょうか。模擬面接」
俺は「面接官」と書かれた紙を首から下げ、特別生活支援課の相談室でルシアさんと向かい合っていた。ちなみに日野さんは「面白そうだから」という理由で、部屋の隅でお茶をすすりながら見学している。
「ではルシアさん、最初の質問です。あなたの長所と短所を教えてください」
さあ、練習の成果を見せる時だ。事前に「長所は計画性、短所は少し慎重すぎるところ、とかでいきましょう」と打ち合わせ済みだ。頼むぞ、魔王様!
「長所は、万物を支配するカリスマ性。短所は、我を前にしてひれ伏さぬ愚か者に対して、つい焦土と化すまで焼き尽くしてしまうところか」
ダメだこりゃ。初手からフルスロットルだ。
「ルシア様! 打ち合わせと違います!」
「む、だが事実だぞ? これを偽れと?」
「偽るんじゃなくて合わせるんです! TPOです!」
俺が頭を抱えていると、日野さんが「まあまあ」と助け舟(?)を出す。
「じゃあ、質問を変えてみようか。如月くん、もっと定番のやつ」
定番……そうか、あれだ。
俺は咳払いを一つして、面接官の顔つきに戻る。
「では、次の質問です。これまでの人生で、あなたが経験した最大の失敗談と、そこから学んだことを教えてください」
これならどうだ。失敗から学ぶ姿勢は、企業が評価するポイントのはず。ルシアさんは、ふむ、と顎に手を当て、遠い目をした。
「……あれは、勇者率いる連合軍との最終決戦だったか」
(ん? なんだかスケールがデカいな?)
「我が四天王の一角、『灼熱のアグニ』の進言を退け、我の判断で軍を突出させた結果、聖なる光の奇襲を受け、魔王軍第三軍団が壊滅した」
……はい? 軍団が、壊滅?
「あの時ほど、己の慢心を呪ったことはない。個の力がいかに強大でも、仲間との連携を軽んじては勝利は掴めぬ。私はあの敗北から、『友情』という概念の戦術的有用性を学んだのだ」
彼女はキリッとした顔でそう締めくくった。その瞳は、組織の上に立つ者の後悔と、そこから得た確かな教訓を物語っていた。
……話としては、めちゃくちゃ良い話だ。だが、就職の面接で話す内容じゃない。
俺がどうツッコむべきか悩んでいると、カランカラン、と軽やかなドアベルが鳴った。今日の予約客だ。
入ってきたのは、なんとも古風で、それでいてひどく煤けた着物を着たおじいさんだった。長い白髭を蓄え、腰は深く曲がり、手には節くれだった杖をついている。
「やあ。予約しとった、トツカのじいさんじゃが」
気の抜けるような、穏やかな声だった。日野さんが「トツカ様、お待ちしてました。どうぞこちらへ」と席を勧める。
俺とルシアさんの模擬面接は一時中断。トツカ様、と日野さんが呼んだその老人は、俺たちの隣のテーブルに「よっこいしょ」と腰を下ろした。
「して、本日のご相談とは?」
俺が尋ねると、老人はポリポリと頭を掻きながら、言いにくそうに口を開いた。
「いやな、ワシももう年での。信仰してくれる氏子も減って、お供え物もさっぱりじゃ」
「はあ」
「天からの『
神格年金……? また俺の知らない単語が出てきた。
「そこでじゃ。ワシにも何か、アルバイトのような仕事はないもんかのう?」
老人はそう言って、へにゃりと笑った。その瞬間、俺の頭の中で二人の相談者が繋がった。
片や、スキルが世界征服で、経歴が壮大すぎて仕事に就けない元・魔王様。
片や、信者がいなくて生活に困窮し、アルバイトを探す日本の神様。
なんという両極端。この課は、本当に人材のデパートだな。
俺が今後の対応に頭を悩ませていると、それまで黙っていたルシアさんが、侮蔑の眼差しで老人を一瞥した。
「……情けない。神とあろう者が、人間に媚びて職を乞うとはな。信仰が欲しくば、奇跡の一つでも起こして見せたらどうだ?」
その言葉に、穏やかだった老人の眉がピクリと動く。
「ほう、そこの嬢ちゃんは威勢がええのう。じゃがな、ワシらの起こす奇跡は、人の願いがあってこそ。見返りを求めて力を振るうのは、それは神の道ではない。悪魔の所業じゃ」
「悪魔、だと? 私を誰と心得て――」
バチバチッ、と二人の間に見えない火花が散った。一方は、圧倒的な力で全てを支配してきた元・魔王。もう一方は、人々のささやかな祈りに寄り添ってきた土着の神。
相性が、最悪だ。
「やめてくださいお二人とも! ここは市役所です!」
俺の悲痛な叫びが、薄暗い地下の相談室に響き渡った。俺の安定した公務員生活は、もう完全に、跡形もなく消え去っていた。
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