第2話

……ダメだ。これじゃ書類選考で100%落とされる。シュレッダー直行便だ。というか、俺が人事担当者なら通報するかもしれない。


「き、如月です。ルシア様、まず申し上げたいことが……」

「なんだ。言ってみろ」

「その……職務経歴は、もう少し……こう、オブラートに包むというか……」

「なぜだ? 私は事実しか書いていない。嘘や誇張は私のプライドが許さん」


ぐっ、と胸を張るルシアさん。そのプライドの高さこそが、就職活動における最大の障壁だと、彼女はまだ気づいていない。


「お気持ちは重々承知しております! ですが、人間社会のルールでは、前職の経験をいかに次の職場で活かせるか、という視点でアピールする必要があるんです!」


俺は必死に頭を回転させ、手元のパンフレットの言葉を借りながら説明する。

「例えば、『世界征服』という言葉は、少し刺激が強すぎます。これを言い換えてみましょう。『大陸規模での新規事業開拓およびマーケット拡大』と」

「ほう……?」


ルシアさんが、少しだけ興味深そうな顔をした。いける!


「『数万の魔族軍を統率』は『大規模組織におけるマネジメント経験』。『敵対王国の武力による買収』は……ええと、『競合他社に対するアグレッシブな営業戦略とM&Aの成功実績』! これならどうでしょう!」


我ながら、見事な言い換えだ。詐欺に近い気もするが。

ルシアさんは腕を組み、うーむ、と唸っている。


「なるほどな……。つまり、人間とは物事を大げさに、かつ小難しく表現するのを好む種族ということか。面倒なことだ」

「そ、そういうことです! ご理解いただけて何よりです!」


俺が胸をなでおろした、その瞬間だった。バァン!! と、凄まじい勢いで部屋のドアが開け放たれた。


「こ、困りましたーっ!」


息を切らして飛び込んできたのは、作業着姿の大柄な少女だった。栗色の髪をポニーテールにまとめ、顔の真ん中にはぱっちりとした巨大な一つ目がある。……サイクロプスだ。神話で見たことがある。


彼女はわんわん泣きながら、巨大な鉄の塊を机の上にドスンと置いた。それは、ひしゃげた信号機の灯火部分だった。


「ご、ごめんなさい! ちょっと距離感を見誤って、デコトラの装飾だと思って引っこ抜いちゃって……!」

「あああああ!(道路交通法違反! 器物損壊!)」


俺が内心で絶叫していると、奥から日野さんがひょっこり顔を出した。

「あら、マナちゃん。またやっちゃったの?」

「日野さーん! どうしましょう、警察の人に怒られちゃいますー!」


マナと呼ばれた一つ目の少女は、大きな瞳に涙をいっぱいに溜めている。

日野さんは慣れた様子で棚から『道路設備破損時における関係各所への連絡フロー』と書かれたファイルを取り出すと、俺に押し付けた。


「じゃ、新人くん。こっちは任せた。まずは道路管理事務所と所轄の警察署に連絡して、それから――」

「む、無理です! 同時進行なんて!」


俺の悲痛な叫びは、日野さんには届かない。魔王様の就職相談と、サイクロプスの器物損壊。初日から処理能力の限界を試されている。


俺がパニックになっていると、それまで黙っていたルシアさんが、すっ、と立ち上がった。

そして、泣きじゃくるマナちゃんの頭に、ポン、と優しく手を置いた。


「何をうろたえている、小娘。事は起きてしまったのだ。ならば、次になすべきことを考えろ。泣いていても信号機は元には戻らんぞ」


その声には、不思議な落ち着きと威厳があった。マナちゃんは、ぴたりと涙を止め、大きな瞳でルシアさんを見つめている。


「……貴様、新人と言ったな」

ルシアさんの視線が、今度は俺を捉える。

「は、はい!」

「先ほどの『言い換え』、なかなか見事であった。だが、それだけでは足りぬのだろう?」

「え?」

「面接、というものがあるのであろう? その『模擬』というやつに付き合え。私の能力が人間社会で通用すること、貴様が証明してみせろ」


彼女はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。それは、かつて世界を恐怖に陥れた魔王の顔。だが、なぜだろう。今の俺には、それがとてつもなく頼もしく見えた。


「……承知いたしました。ルシア様、必ずや、あなたに内定を」


俺は覚悟を決めた。安定を求めて就いたこの職場で、俺は今、元・魔王の就職支援コンサルタントになろうとしている。


「よし。では、次の予約を取る。いつなら空いている?」

「あ、ええと……」


俺が手帳を開こうとした時、日野さんが緑色の液体が入ったマグカップを片手に、のんびりと言った。

「ちなみに、明日の午前中は、日本神話の神様が『年金だけじゃ暮らせない』って相談に来る予約が入ってるから、午後のほうがいいかもねー」


……俺の平穏な公務員生活、完全に終わった。

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