第4話
「やめてください! ここは市役所です! 聖域です!」
俺の悲痛な叫びが、地下の相談室に響き渡る。
元・魔王ルシアの瞳からは紫電のような闘気が、トツカのじいさんこと土着神の穏やかな目からは神威とでも言うべき圧が放たれ、室内の空気がビリビリと震えていた。部屋の隅では日野さんが「あらあら、神魔大戦のミニチュア版かな?」などと呟きながら、のんきに緑色のお茶をすすっている。この人、肝が据わりすぎている。
「人間に媚びる神など、信仰する価値もない」
「力に溺れる魔の王に、人の心の機微など分かりはすまい」
一触即発。まずい、このままだと市役所の地下で天地創造レベルの神話が始まってしまう。俺が二人の間に割って入ろうとした、そのときだった。
「あ、そうだ。ちょうどいい案件があるんだった」
日野さんが思い出したように棚から一つのファイルを取り出し、俺に手渡した。
『きらきらぼし商店街における、原因不明の客足減少に関する調査依頼』
「商工課からの依頼。ここ一週間で、あの商店街の客足がパッタリ途絶えたんだって。訪れた客が『なんだか気分が悪い』『肩が重い』って言い出して、リピーターも寄り付かなくなったとか」
「原因不明、ですか」
「そ。専門家が調べても、ガス漏れとか食中毒の兆候は一切なし。で、こういう科学で説明できない案件がウチに回ってくるわけ」
俺はファイルをめくりながら、二人の顔を交互に見た。すると、脳内に一筋の光明が差した。これだ。これしかない。
俺は咳払いを一つして、二人に向き直った。
「ルシア様、トツカ様。お二人に、この問題の解決を業務委託としてお願いできませんでしょうか?」
「「なに?」」
二人の声が綺麗にハモった。
「これは単なる調査ではありません! ルシア様にとっては、これは『地域活性化コンサルティング』という実績作りの絶好の機会です!」
俺はまずルシアさんに向かって熱弁を振るう。
「このプロジェクトを成功させれば、あなたの職務経歴書にこう書けます。『V字回復を達成』と!」
「V字、回復……」
ルシアさんの目がカッと見開かれた。どうやらそのパワーワードはお気に召したらしい。
次に、俺はトツカ様に向き直る。
「トツカ様! これは、あなたのための地域貢献活動です! 商店街の人々を救えば、彼らはあなたに感謝し、再び信仰を捧げてくれるかもしれません! もちろん、市からの謝礼金も出ます!」
「謝礼金……」
トツカ様の白髭がピクリと揺れた。生活に困窮する神様にとって、それもまた魅力的な言葉だったようだ。
二人は互いに視線を交わし、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……まあ、貴様の実力を測ってやるには、ちょうどいい余興か」
「……まあ、嬢ちゃんの力がどの程度のものか、見てやるのも悪くはないじゃろう」
よし、乗った! 俺は内心でガッツポーズをした。
数十分後、俺たちはきらきらぼし商店街の入り口に立っていた。かつては活気に満ちていたはずのアーケードは、昼間だというのに閑散としており、どんよりと重い空気が漂っている。
「……なるほどな。これは酷い」
ルシアさんが忌々しげに呟いた。
「わかるのか、嬢ちゃん」
「ああ。淀んだ魔力の残り香だ。それも、相当に質の悪い、下級の悪霊どもの仕業と見える」
一方、トツカ様は杖を片手に目を閉じ、静かに何かを感じ取っている。
「……いや、違う。これは悪霊なんぞではない。もっと根が深い……土地そのものに溜まった、人々の『諦め』の念じゃな。長年の不況で店を畳んだ者たちの、悲しみの声が聞こえるわい」
原因究明の段階で、早くも二人の見解が食い違った。魔王は「魔力」を、神は「気」や「念」を読み取っているらしい。
「何を言うか、この老爺。この程度の下劣な魔力を感じ取れぬとは、神も耄碌したものだな」
「若いな、嬢ちゃん。目に見える現象だけが全てではないぞ。物事の本質を見極めんとな」
まずい、また始まった。俺が慌てて仲裁に入ろうとしたとき、豆腐屋の店先でおばあさんが深いため息をついているのが目に入った。
「おばあさん、何かお困りですか?」
俺が声をかけると、おばあさんは力なく顔を上げた。
「ああ、お兄さん……。お客さんが誰も来なくてねぇ。この商店街も、もうおしまいかねぇ……」
その言葉が響いた瞬間、商店街を覆うよどんだ空気がさらに濃くなった気がした。トツカ様の言う通りだ。人々の諦めが、この場の負のエネルギーを増幅させている。
かといって、ルシアさんの言う魔力の気配も、確かに感じる。
……待てよ? もしかして。
「原因は、一つじゃない……?」
俺の呟きに、ルシアさんとトツカ様が同時にこちらを向いた。
そうだ。人々の諦めという負の感情が土地に溜まり、それが質の悪い悪霊たちを引き寄せる餌になっているのではないか。神様の言う「根本原因」と、魔王様の言う「直接的な現象」。二人の意見は、矛盾しているようで、実は繋がっているのかもしれない。
俺は二人の専門家(?)に向かって提案した。
「分担しましょう。トツカ様には、この土地に溜まった人々の『諦め』の念を鎮めていただく。ルシア様には、その念に引き寄せられた悪霊を、物理的に排除していただく。……これなら、どうでしょう?」
俺の提案に、二人はしばし黙り込んだ。そして、先に口を開いたのはルシアさんだった。
「……悪くない。雑魚掃除は私の性に合っている」
続いて、トツカ様も頷いた。
「……ふむ。人の心を慰めるのは、神の役目じゃからの」
初めて、この二人の意見が一致した。
俺、如月祐樹。公務員生活4日目。
今、神様と魔王様を率いて、商店街の再生プロジェクトに挑むことになった。俺の安定した未来は、一体どこへ向かうのだろうか。
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