Nagasaki Daydream Rhapsody.

@HolySheen

Nagasaki Daydream Rhapsody.




 僕は人を殺した。僕からの別れ話がこじれ、痴情のもつれで長崎に住む彼女を殺したのだ。殺したのは深夜、人気のないテニス場の駐車場で彼女のフォルクスワーゲン・ゴルフに二人で乗っているときのことだった。うまく言いくるめて、彼女の皮膚に関する持病に効くからと大量に飲ませた睡眠導入剤エチゾラムで意識を失っている彼女が、運転席に座ったままの状態の車に、車を降りた僕は事前に用意していたガソリンをかけ、彼女が愛用していたライターで火をつけて証拠を隠滅した。ちなみに睡眠導入剤は生活保護利用者の売人から大量に仕入れたものだ。生活保護では医者代・薬代が無料なので、陰に隠れてそういうことをする人がたまにいるのだ。


 最新のゲーム機のGPUを生産する手伝いの為に、僕はある大企業の半導体工場のある長崎に出張で来ていた。その彼女を殺すまでの間、泊まっていたホテルの受付嬢を、殺した彼女はしていた。殺した後は別のホテルに僕は泊まった。


 死んだ彼女は僕の嫌う煙草を吸い、一五歳の時に作った一人息子もいた。そして事あるごとにリスカをした。おまけに浮気癖がひどく、僕の逆鱗に触れたのだ。死んだ彼女は長崎一いや日本一と言っても過言ではない美人で、彼女と行く先々で、彼女をチラ見しながら彼女の噂話をする人が沢山居た。それはおのずと僕の耳に入ってきた。


 僕は一日の仕事が済むと社用車で自分の死に場所を探し回るようになった。ひたひたと僕の周りに警察の影が近寄ってきたからだ。人間なんて何時かはどうせ皆死ぬ。僕と彼女がいない世界でも、時計は回っている。だからいつ死んだって構わない。そもそも人間に価値なんかない。


 ある日曜日、ホームセンターで僕はロープと踏み台を買った。そして死に場所を探してるうちに見つけた適当な木にロープをかけて首に巻いて踏み台を蹴り飛ばし僕は首を吊った。それは早朝のことだった。









 何か音がするので目覚めると、僕は病院のベッドに横たわっていた。個室だった。僕は訳が分からず、なぜ僕はここにいるんだと、たまたま僕に何等かの措置をする為に音を出していた看護師に尋ねた。すると、看護師は言った。


 「あなた、自殺を図ったでしょ。早朝、犬の散歩をしていた人が首を吊って意識のないあなたを見つけてすぐにロープをナイフで切って助けたのよ。どうして首なんか吊ったの?」


 「たしかに太陽が昇り始める頃、僕は首を吊ったけれど、結局死ねなかったのか」僕はひどく残念そうに言った。理由は言葉にならなかった。


 「あなたは死ぬべきだった。だけど守護霊があなたを守った。もう一度言うわ、あなたは死ぬべきよ」死んだ彼女のそんな声が虚空から聞こえてきた。僕は精神を病んでしまったのか。言われなくとも死んでやるよ、こんなろくでもない世界からさっさと出ていきたいさ、僕はそう心の中で呟いた。


 数日後警察官が面会に来た。僕は証拠不十分で検挙されずに済んだとのことだった。どうやらこのあたりの警察の目は節穴らしい。僕は何事もなかったかのように職場に戻った。しかし希死念慮が心を占拠したままだった。そして薬をきちんと医師指定の毎食後に飲んでいるにもかかわらず、持病の癲癇の発作の頻度が増えた気がした。きっと現状が僕にとってストレスフルなのだろう。まぁ癲癇発作と言っても僕の場合倒れて泡を吹くという大発作はたまに来るだけで、ほとんどは前兆が来ても倒れるには至らない小さい発作だ。


 レポートを書いて、検収を貰い、僕の担当したドライエッチング装置は正式に半導体工場の持ち物になった。僕は神奈川に帰った。神奈川には僕のマンションと、そのすぐそばに僕の勤める会社の本社があった。僕はたまっていた有給休暇を消化し、その会社を辞めた。


 電車を見れば身を線路に投じるようにと彼女の声が聞こえ、車が走っているのを見れば飛び込んで体を八つ裂きにして貰えと彼女の声が聞こえた。希死念慮が止まらなかった。本当に何も楽しくなかった。僕は最初、投身自殺を計画したが、どうせ死ぬなら大きな事件を起こして死のうと考え、飛行機ハイジャックを行なおうと、計画を練り始めた。


 計画を立ててから数日後、僕は秋葉原にいた。秋葉原は子供のころから僕の庭みたいなものだった。歩行者天国で人が混み合うなか、僕は必要な電子パーツを買い求めた。神奈川のマンションで気合を入れて電子工作を行ない、起爆装置を作った。そしてニトログリセリンを三個の酒の小瓶に慎重に入れた。これらの組み合わせで飛行機を墜落させるのだ。起爆装置はスマホと見まがう程で目的にかなったものだった。最初から爆弾の形をしていると検査をすり抜けられないので、最終的な装置の組み立ては飛行機の中で行なうことにした。起爆装置とニトログリセリン入りの三つの小瓶は電気を通すグラファイトを使って接続するよう設計した。これで確実に死ねる、僕は真剣にそう思った。







 


 計画決行の日。僕は羽田空港で長崎行きの飛行機に乗った。僕は持ち込んだバックの中の四つのパーツを手探りで完成形にした。飛行機に乗る直前、爆装置の設定を弄りタイマーは一時間にして、起爆装置のタッチパネルに表示されたGOと書かれたアイコンを飛行機に乗る際にタップしておいた。起爆装置は他のパーツと接続していなくても設定が弄れる様に設計しておいたのだ。それ自体は別に大したことではないが、タップしたのは僕が飛行機の行き先を完全に握った瞬間だったということは重要だ。


 そして飛行機が安定飛行を始めたのを確認し、爆弾の入ったバックを手にしたまま立ち上がって飛行機の前方に向かった。前方に出る途中、爆弾を取り出しバッグを捨て僕はタイマーに示された時間で残り時間があと三十分程であることを確認した。そしてマイクに向かってなにやら話していたCAを捕まえ、ズボンの後ろのポケットに隠していた強化プラスチック製の手錠をかけた。僕は捕まえたCAが握っていたマイクをもぎ取るように奪い、こう言った。「この飛行機に乗った私たちは幸運です。喜んでください。なにしろ全員粉々になって死ぬのですから。何時か誰もが受け入れなければならない死を、この美しい空で迎える。どんなアートでも表現できない多幸感に溢れたものです」


 ここに来て、僕は持病の癲癇の発作を起こしてしまう。薬を飲み忘れていたのだ。しかし、倒れる直前の意識が混濁した状態の時、設定の通り爆弾は爆発した。設定した一時間が経過したのだ。









 目が覚めると、僕はベッドで寝ていた。今日は多分日曜日なので仕事は無い。100円を投じ、コイン式のテレビをつけてみると、昨日まで連泊していた長崎のあるホテルの従業員が土曜の昨晩車ごと燃やされていて、現在捜査中というニュース速報が流れていた。僕が彼女を殺したのは夢ではないらしい。しかし妙に実感がわかない。するとそうこうしているうちにドアをノックする音が聞こえ誰かが入ってきた。ナースだ。ここは病院らしい。ナースは言った。「あなたはロープで首をつって自殺をしようとしているところを保護されてここにいるのよ。何があろうと死んじゃダメ。生きてさえいれば何とかなるものよ。保護された直後は支離滅裂な事を言ってたから、あなたの病名は一応統合失調症と診断されたけど、ちゃんと薬を飲んで治療すれば寛解するはずだわ」


 僕は混乱した。僕は飛行機もろとも墜落して死んだのではなかったか。いや、こうして生きてるってことは、大部分が統合失調症とやらによる妄想かもしれない。もっと厳密に考えると、そもそも何処から何処までが妄想なのか。僕は悪い白昼夢でも見ている様な気がした。しかし、今も死にたいという希死念慮は唯一消えていない真実だった。僕はベッドのシーツで紐を作り、ベッドの上に敷かれたカーテンレールにひっかけて、自殺を図った。今度はいい人生を、生まれ変わって過ごしたい、その一心だった。


 直後、僕は窒息して死んだ。すると先に死んでいた彼女が目の前に現れた。迎えに来たというのだが、僕は彼女を殺した男だ。彼女と同じ世界にいるわけにはいかない。しかし全て水に流して許してくれるという。僕は泣いて反省した。そして彼女の案内するところへ彼女と歩いた。そこは天国だった。僕はそこにいた神にもう一度人生をやり直したい、生まれ変わりたいと懇願した。しかし、一定期間が過ぎないとそれは認められないということだった。僕は時が来るまで彼女と過ごすことにした。


 ここからは余談になるが、生前定期購入していたスポーツくじが死んだあと当たっていたことが神から告げられた。一二億円。当たることが死ぬ前に分かっていれば、たとえ警察に捕まって刑務所に入ることになっても、出てきてから何不自由なく生きることが出来たのだろうと今は思う。ただ、自分がまだ三十歳という若さであることを考えると、おそらく刑務所で寿命を迎えるだろう。統失患者は寿命が短く還暦あたりで死ぬ人も多いのだ。それに生きるには若さが伴っていないと意味が半減する気がする。これを教訓に来世ではうまく生きようと思う。


                                         おわり

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