第3話
■第五章 告白の爪先
篠宮は立ち上がり、机の引き出しから透明袋を取り出した。
《DNA鑑定結果報告書》——民間の検査機関の封筒。
「在宅に戻る前、病院で爪の間の異物を採取してもらった。三か月前——あの日についたものだと医師は言った」
篠宮は報告書を差し出した。
「皮膚片のDNAが、一致したよ。里崎くん。君のものと」
「傷害致死罪が適用されるな、残念だよ」
里崎の胸に、電流のような映像が走る。
白い廊下。押し返したドア。
病室の匂い。
——女の短い悲鳴。
「……違う、俺じゃない」
「三か月前の夜、君はここに来た。クリニックの裏口からね。頭痛がひどくて、営業時間外だったが、私は診察した。
妻もそこにいた。君は錯乱していた。妻が止めようとしたとき、君は——」
「やめてくれ!」
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
——ピンポーン。
篠宮の表情が、わずかに曇る。
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■第六章 葛城真司の推理
スーツ姿の男が入ってくる。背の高いシルエット、柔らかい声。
「葛城真司です。里崎の上司でして……突然のことで、失礼いたします」
篠宮が眉をひそめる。
「あなたは?」
「販売部の責任者です。位置情報を共有していましてね。里崎が長時間動いていないので、心配になりまして」
葛城は部屋に入ると、視線をベッドの女性に移した。
「……ご愁傷さまです」
そして、報告書を手に取り、視線を走らせた。
「……ふむ。民間の鑑定書、ですね。精度は高いが……爪が気になります」
「爪?」
葛城は女性の手を見た。
「ええ。三か月も昏睡状態だった割に、形がおかしい。
普通、意識不明の患者は爪が伸び続け、巻き爪や変形を起こします。栄養状態が悪ければなおさらです。
しかし、この爪は——定期的に手入れされた跡がある。しかも、切り口が"医療用刃"特有の角度です」
葛城は爪切りを手に取り、光にかざした。
「この爪切りの刃の角度と、一致しますね」
篠宮の頬がわずかに引きつる。
葛城は静かに言葉を続けた。
「篠宮さん。あなたは——医師ですよね。篠宮クリニックの院長。
三か月前の夜、里崎は確かにクリニックに来た。頭痛で錯乱し、奥様に軽く触れた。
奥様は床に倒れた。だが無傷だった。
そこで、あなたは"ひらめいた"んです。
——この男を、犯人にできる、と」
「何を——」
「あなたは里崎を鎮静剤で眠らせた。そして、その間に奥様を再び倒した。
いや、倒したのではない。"突き飛ばした"。何倍もの力で。
医師であるあなたは、致命傷にならない角度も、力も、すべて計算していた。
奥様は意識を失った。あなたは自分のクリニックに運び込み、カルテを作成した。
"事故による脳挫傷"——立派な記録です。
そして、三か月間、奥様を生かし続けた。いや、"死なせ続けた"というべきか」
篠宮の唇が震える。
葛城は続ける。
「あなたはまず、奥様の爪を切り、ご自分の皮膚片を除去した。
その後、爪に詰めるのは里崎の皮膚片です。彼はクリニックに通っていた。頭を掻く癖もある。
採取するのは簡単だったでしょう。
あなたは完璧な"再会の舞台"を作り上げた。里崎を呼び、爪を切らせ、証拠を見せる。
すべては、あなたの罪を隠すために」
「証拠があるのか」
「ありますよ。——あなたの腕です」
葛城は視線を落とす。
篠宮の白い袖口から覗いた皮膚に、古傷の線が一本。
「その傷、三か月前のものですね。奥様の爪が食い込んだ跡。
あなたが突き飛ばしたとき、奥様は抵抗した。爪を立てて。
あなたは医師として、自分の皮膚片を除去した。しかし——服の縫い目や袖口のしわに、まだ残っているかもしれませんね。奥様の痕跡が」
葛城は、篠宮の手首を静かに掴んだ。
「鑑定すれば、すぐにわかります」
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