第2話
■第三章 白い廊下の記憶
長い廊下。白い光の中で埃が舞い、篠宮の背中は少し丸い。
「あの……失礼ですが、先生は篠宮クリニックの……?」
篠宮の足が、わずかに止まる。
「ああ。君も来たことがあるのか」
「頭痛で、何度か」
「そうか」
篠宮の声には、奇妙な温度があった。
廊下を進む途中、篠宮が何かを取りに振り返った瞬間、袖口がずり上がった。
白い腕に、一本の赤い線。古い傷痕だ。
——引っ掻き傷?
里崎の頭に、また白い廊下が閃く。
金属の冷たさ。誰かの叫び。
そして、爪を立てる手——。
「里崎さん?」
「あ、すみません」
頭を振って、記憶を追い払う。
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■第四章 寝室の違和感
扉が開く。薄いカーテンから差す光の中、ベッドに女性が横たわっていた。
蝋のように白いが、腐敗の匂いはない。
胸元には死亡診断書の写しと、葬儀社の封筒。枕元には在宅緩和ケアのパンフレット。
「奥様は……お休み中で?」
「ああ。昨夜、主治医が来てね。……看取りは済んだ」
言葉は、静かに落とされた。
——ここは、看取りを終えた家だ。
だが、里崎の視線は女性の手に釘付けになった。
爪は長く伸び、爪の間には黒ずんだものが固まっていた。
「病室でも、家に戻ってからも、妻は爪を切らなかった。最後まで"自分の時間を刻む場所だから"と」
篠宮は、ベッドの傍らに膝をつき、静かに言った。
「君の爪切りで、きれいにしてやってくれ」
里崎の喉が鳴る。
爪切りを取り出し、女性の手を取る。
指先は冷たく、硬い。
パチン、と刃が爪を切る。
——妙だ。
爪の形が、おかしい。
三か月も昏睡状態だったと言っていた。ならば、爪はもっと伸び放題で、巻き爪や変形を起こしているはずだ。
だが、この爪は——。
「……定期的に、手入れされていた?」
思わず呟いた言葉。
篠宮の視線が、鋭くなる。
「……よく気づいたね」
里崎の背筋に、冷たいものが走った。
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