エンゲージ・ヒューチャーガール12
一週間後、ツァイトと光は設置された四次元ソノブイの情報を解析していた。
丸岡らに設置してもらう際、「ちょっ、なんか設置したら消えたんすけど……!なんすかこれ!!」と城ヶ崎から鬼のように問い詰められたこともあったが、設置は無事完了した。そうして設置されたソノブイがパーソナル時空通信機のインターフェースに情報を絶えず送信している。どうやらあの通信機は、簡単な計算機器としての機能も併せ持っているらしかった。
通信機に送られてくる情報の解析は光も手伝わされており、すでに3日間学校を休んでいた。大丈夫らしいとはいえ、どうも落ち着かない。ただの平日に家にいる非日常感にそわそわしながらパソコンに向かうこと3時間、光は小休憩がてら部屋の中心に目を向けた。
そこに鎮座していたのは、入り口が備え付けられた、巨大な円柱型の機械だった。大きさは部屋の半分を占めている。ローテーブルは既に隅に追いやられていた。円柱型の機械はレプリケーターによって印刷中であり、ツァイトによればもうすぐ完成するらしい。一週間近い時間と大量の資源を使って印刷されたこれは、ツァイト曰くタイムマシンらしかった。
「解析は未だ続行中ですが、現在我々がいる時空に因果律の破綻が見つかりました」
小休憩中、深刻な雰囲気を漂わせながらツァイトが話しかけてくる。
「情報部門が解析結果を整理してもらったところ、分子レベルのことではありましたが、既存のいかなる知識を用いても説明不能な現象を確認しました。我々はすでに、タイムパラドックスの渦中にいる可能性があります」
なるほど、確かに深刻そうだ。だがしかし、光は重要なことをツァイトから聞いていなかった。
「大変なことはわかったんだけど、その前に一つ教えて欲しいことがあって。……タイムパラドックスが起こるとどうなるの?」
時刻は十一時三十分、昼前だ。蝉のうるさい鳴き声が部屋に響き渡り、換気のために開けた窓から夏風が入り込む。湿度の高い空気に酷い蒸し暑さを感じながら、光は水を飲んだ。釣られてツァイトも水分を補給する。窓の外には積乱雲が轟々と青空を震撼させており、周りの雲を飲み込みながら刻一刻と成長している。数時間後には豪雨を降らせているだろう。
そうして一分ほど経過し、秒針の音を煩く感じ始めた時、漸くツァイトが口を開いた。
「……結論から言えば、時空の怪物が出現します」
「時空の怪物?」
「彼らのことを、我々は検閲官と仮称しています。彼らは人類に敵対的な存在です」
再び水を飲んでから、ツァイトは続けた。
「タイムパラドックスが発生した時、どこからともなく彼らは現れます。私は過去2回タイムパラドックスが発生したと言いましたが、そのどちらの事例においても検閲官は現れました。事態を収束できたのは奇跡と言えるでしょう」
ツァイトがもう一度水を飲む。よく見ると顔が少し青かった。
「さっきからたくさん水飲んでるけど大丈夫?顔色も悪いし、体調悪かったりするの?」
「……ただの寝不足です、気にしないでください」
それより、と言いながら、ツァイトが続きを話す。
「タイムパラドックスが発生している可能性を鑑みて、警視総監は時空戦艦アルテミスの派遣を決定しました。到着は三日後の正午、現在地の上空です。より正確に言うなら、貴方の住むアパートの屋上に到着します」
「は?」
は?急になんてことを言い出すんだろう、理解が追いつかない。水でも飲んで落ち着くのがベストだろうか。
そうして水を飲んだ後、落ち着きを取り戻した光はツァイトに問いかける。
「聞きたいことは色々あるんだけど。……大騒ぎにはならないんだよね?」
「安心してください、この時代の人類にはアルテミスの存在は感知できませんよ。あぁ、それともう一つ。アルテミスの派遣と共に、我々に対する指示も更新されました。現在の我々のミッションは時空戦艦アルテミスの到着までに、いかなる手法、犠牲を用いてもこの時空を存続させることです」
「……つまり、どういうこと?」
「いつも通りです。検閲官が出現する兆候もありませんし、兆候が見られたとしても、彼らが出現するには3日ほどかかります。現時点で兆候が見られていない時点で、我々は特別何もする必要がありません。もしもの時のタイムマシンもありますしね。美味いもんでも食いに行きましょう、寿司とかがいいですね」
そこまで言うとツァイトは立ちあがり、水を汲みに行った。
換気していた窓を閉めながら光は思案する。色々と言いたいことはあるが、ツァイトの言う通り美味しいものを食べるのはありだろう。ここ三日間頭を使ってばっかりだし、休憩には丁度いい。それにしても、外食を勧めてくるほど元気があるのなら、検閲官の話をした時の顔色の悪さはなんだったのだろうか。本人は気にしないで問題ないと言っていたが、どうにも嫌な予感がした。
そうして窓を閉めた時、煩かった蝉の音は綺麗さっぱり聞こえなくなり、ツァイトがキッチンで水を入れる音だけが聞こえてくる。窓の外に目を向けると、積乱雲が先程よりも遥かに大きくなっていた。今日は雨が降るだろう。
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