エンゲージ・ヒューチャーガール13
2日後の昼過ぎ、光とツァイトはくら寿司で昼食を取っていた。学校を休んでおいて何をやっているのだろう、と思わずにはいられないが、ツァイトの押しに負けたのだ。平日の昼に回転寿司に来ている非日常感に落ち着きを無くしている光とは裏腹に、ツァイトは店に入ってから目を輝かせていた。
「まさか、本当にレーンの上を寿司が回っているとは……。あれ、全部天然ものなんですか?」
「そんなこと聞かれたことないからどう答えればいいのかわからないけど、少なくとも海から取られたものではあるよ」
「おぉ……。おぉ……!今日は吉日です!未開の時代に来てよかった……!」
目を潤ませながら、神託を授かった敬虔な修道女のような表情でツァイトが呟いた。
「2300年では天然魚なんて殆ど絶滅してしまっていますから。殆どがアーカイブされた遺伝情報を元に育成された培養肉か養殖魚です。……鰻もあるんですか!」
ツァイトの言葉に耳を傾けていると、突然の大声が耳をつんざく。驚いてツァイトを見ると、ツァイトは投影型掲示板に映されたメニューに目を釘付けにされていた。視線の先には「養殖成功鰻フェス!鰻食べ比べ!」とデカデカと表示された文字と共に、いくつかメニューが掲示されていた。どれも鰻関連だ。
「確かに鰻は美味しいけど、そこまで驚くほど……?」
「なにを言うんですか。鰻は世界で最も親しまれている三大美味の一つですよ。この時代でいえば多分キャビアとかフォアグラとかその辺です。しかも、こんなに沢山あるなんて……!食べ放題じゃないですか!」
確かに注文すればするだけ食べれられるが、それは食べ放題とはまた違うだろう。
そうして騒いでいると呼び出しされた。昼過ぎだからか空いており、待ち時間は殆どなかった。若干興奮気味のツァイトを落ち着かせながら、光は席へ向かう。
「流石に丼二杯食べたらお腹いっぱいになると思うし、もうちょっと他のも食べてみたら?まぐろとかサーモンとか。……穴子なんて鰻みたいでいいんじゃない?」
「穴子は鰻の下位互換です、出来損ないです。鰻を罵倒するつもりですか、馬鹿にしないでください。いくら貴方でも言っていいことと悪いことがあるんですよ」
席に案内されたツァイトが最初に注文したものは鰻丼だった。どうして回転寿司に来たのに丼を食べるのだろうと疑問に思ったが、2300年では食生活が違うのだろうと考えて納得することにした。
「逆に聞きたいのですが、どうして貴方は鰻丼を食べないのですか?期間限定って書いてたじゃないですか、普通食べれるうちに食べるべきでしょう?」
「そりゃ寿司屋なんだから一年中鰻丼売ってるわけじゃないよ……。と言うか鰻食べたいなら回転寿司来ないし。普通に鰻屋さん行くよ」
「……鰻屋さん?鰻の専門店ですか?この時代にはそんなものがあるんですか?」
「そりゃ、まあ……」
「年中無休?」
「無休ではないけど、一年中やってるところが殆どじゃない?」
丼を注文していたツァイトの手が止まる。しばらく思案した様子を見せた後、光に話しかけた。
「作戦変更です。おすすめの寿司ネタを教えてください」
そう言うとツァイトは注文用のタブレット端末をこちらに寄越してきた。代わりに注文しろと言うことなのだろう。ふてぶてしい頼みだが、ここ一週間ほどの生活である程度は慣れてしまった。適当に幾つか見繕って注文したのち、寿司が届くのを待っているツァイトを尻目にまぐろを食べる。
久しぶりにお寿司食べたな……。
そうしてしばらく食べていると、突然軽快な音楽が鳴り響いた。少し驚いて音の発生源に目を向けると、ツァイトが皿を回収口に投入してビッくらポンが回していた。ツァイトの方を見ると、驚いた表情のまま固まっていた。
「きゅ、急になんですかこれは……」
「ビッくらポン。……未来には回転寿司ないんだっけ。お寿司五皿分食べたら回せるガシャポンみたいなものだよ」
寿司を食べながら数秒ほど眺めていると抽選が終わったらしい、ディスプレイには「はずれ」と大きく書かれていた。
「……外れたのですが」
「まあ抽選だからね。外れることもあるでしょ」
そう言うと、ツァイトが机の上を片端から回収口に投入していた。当たるまで回すつもりだろうか。しかし当然なことに皿の枚数が足りず、結局はツァイトのために注文した寿司が届くのを待つことになった。
30分後、光とツァイトは昼食を食べ終わっていた。机の上には空になったガシャポンのカプセルが一つだけあった。
結局丼を食べたツァイトは戦力にならず、3回ほどしか回せなかった。当たっただけでも運がいい方だろう。中身は鉄火巻きのキーホルダーだった。ツァイトに押し付けられたので、今はポケットの中に入っている。
そうして一服していると、ご機嫌な声色でツァイトが呟いた。
「いやー、この時代も侮れませんね。こんな美味が一皿たった百円と少しで食べられるとは思いもしませんでした。来てみるものですね」
そう言ってツァイトはほっと溜め息をついた。釣られて光も息を吐く。そうして1分少々ゆったりしていたところ、そういえば、と光が口を開いた。
「この後ってどうするの?いつも通りって言ってたけど、またパソコンに張り付かなきゃだめ?」
「当たり前じゃないですか。確かに検閲官たちが出現する確率が殆どないとはいえ、ゼロではないのです。我々は彼らについて余りに無知ですから。明日の今頃には任務が完了するとはいえ、今できることはやっておくのがベストです」
そう言うと、ツァイトが大きくあくびをした。腹一杯食べたからなのか、かなり眠そうだ。
「とはいえ、今までのように緊張せずとも大丈夫です。現時点で異常な重力は観測されていませんし、彼ら出現しませんよ」
そこまで聞いたところで光もあくびをする。ここ最近無理をしていたから寝不足なのだろう。
ふと机に視線を落とす、ガシャポンのカプセルがツァイトの方へ転がっていた。机が傾いているのだろう。そのまま何となく横のレーンに目を移すと、皿に乗せられた寿司がツァイトの後ろにある窓の方へと雪崩れ込んでゆき、机に備え付けられたコップや醤油も一緒になって、自由落下してくように飛び去ってゆく。
いつの間にか寝ていて夢を見ていたのだろうか。そう思ってツァイトの顔を見た時と、パリンとコップが割れるような音が聞こえたのはほぼ同じタイミングだった。
途端に見えない何かに引き寄せられる感覚がした。ツァイトの顔を見ると呆然としており、意識が抜け落ちてしまったように固まっている。ツァイトの奥にある窓に視線を向けると、豆粒のように小さく真っ黒な穴から、油膜が作る薄膜干渉のような虹色をした、半透明で不定形の物体が、穴から這い出るようにしていくつも出現していた。
しばらく呆然とその様子を眺めていると、甲高い叫び声が聞こえた。声のした方へ視線を移すと、3つほど右隣の窓から女性が黒い穴へ吸い込まれているところだった。しばらく叫び声をあげながら窓の縁を掴んでいたが、ついに手を離してしまい、窓から穴に向かって落下してゆく。
その一部始終を眺めていて呆気に取られていると、左手を強く引っ張られた。驚いて左手の先を見ると、鬼気迫る表情をしたツァイトと目があった。
「走ってください、早く!まさか、こんなことが起こるとは。一体どうすれば……」
「あの、ツァイト、あれって」
ツァイトに手を引かれながら走りつつ、湯水のように湧き出る疑問を口にしようとしたとき、光が言い終わる前にツァイトが口を開いた。
「彼らです。彼らこそが検閲官です。我々人類の敵です。我々は今すぐ家まで戻り、24時間ほど時間を稼がなければなりません」
誰かの叫び声が響いた。声のした方へ視線を向けると、人が窓から黒い穴へ落ちていくところだった。
先ほどまで秩序を保っていた店内は一瞬にして混乱に飲まれており、聞こえてくるのは軽快な音楽やレーンの可動音ではなく、何かが割れる音や悲鳴や怒号であった。
光にはその光景が悪夢のようにしか思えなかった。
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