第一話 黒髪ポニテの王子様 2

 視界を埋めた浅葱色の羽織。

 そこには白で書かれた印象的な「誠」の文字があった。

 腰には刀のレプリカ?みたいなものをつけていて、髪は長い黒髪を結っている。足元は足袋、下半身は袴を履いていて、コスプレだろうか。現代の日本じゃ普段から和装で歩いている人なんて滅多に見ない。

 艶やかな黒髪と鮮やかな浅葱色の羽織がふわり揺らめく。

 でも、その子は男の子だった。

 「か弱いおなごをいじめるなんて、ほんと、ゲスだね。キミたち」

 艶のある通りの良い声で彼は吐き捨てた。おなごって、わたしゃ江戸の町娘か。

 「なんだ坊ちゃん?ヒーローごっこか?」

 あまりにも馴染みのない彼の格好と思い切った行動に吹き出してしまうチンピラたち。しかし彼は堂々と胸を張り続ける。

 「坊ちゃんじゃない。僕にはちゃんと名前がある。僕の名前は沖田総司。新撰組一番隊組長。ただの年端もいかぬ少年と侮っていると痛い目見るよ」

 なんだって?この子は一体何を言っているのだろう。沖田総司なんてもう百年以上前に死んでいるんだし、生きているはずがない。

 あれかな?中二病か何かを拗らせちゃって、キャラクターになりきってコスプレしてたところ、たまたまこの現場に居合わせて入ってきちゃった感じかな?

 相変わらず少年が何をいっても、チンピラたちは笑い転げたままだ。

 なんだか現状がすごくややこしくなってきた。とりあえず、早くお巡りさん来てくれないかな。ていうか、自分が立ち塞がる前にお巡りさん呼んでよね君。

 いや、でも、介入してきたのはこの子だけど、私を助けてくれようとしたのは本当そうだし、ぶつかっちゃった私のまいた種でもあるわけで。

 後ろ姿を見た感じ、大人には見えないし、私と同じくらいか、それより年下な気がしていた。

 ここは私が責任を持って彼を逃してあげよう。

 私は勇気を振り絞って立ち上がった。

 「こ、この子私の親戚で!海外生活が長かったから日本に憧れてるみたいで!!まだよくわかってないんです!だから見逃してあげてください!!私はあなたたちに従いますから」

 彼の肩を掴んで必死に訴える。彼の肩はやはり男の子だからかガッシリしていたが、背丈は私より小さく、このまま私の前に立たせるのはちょっと心配になってしまう。

 「ねーちゃんには関係ねーんだよ、今俺たちはこのチビと話をしてんだ」

 すんなりと私の言うことを聞いてはくれなかった。それでも、戸惑う彼を無視して、私は続けた。だけど、

 「お願いします!この子だけは!この子だけは!!」

 「ごちゃごちゃうるせんだよ!!」


 私の悲鳴が先だったか、彼の言葉が先だったか。「危ないっ!」、そう叫んだ彼は私を引き寄せて、チンピラ一人が繰り出したパンチから私を守ってくれた。

 そしてその一瞬で、近づいた彼の顔を初めてしっかりと見た。美しい黒髪と綺麗な声に劣らぬ端正な顔立ち。そんな彼の顔が目の前にあった。引き寄せられたその体勢はまるで抱きしめられているような、ハグとほぼ変わらない。

 ドクンッと心臓が跳ね上がったのが自分でもわかる。


 「どこの場所でもクズがいるのは変わんないんだね。キミたちみたいなのを見てるだけで吐き気がするよ」

 引き寄せた私を優しく離したのとは裏腹に、彼がチンピラたちに向けた視線は恐ろしいほど殺気立っていた。

 「僕を庇ってくれてありがとう。でも、キミに心配されるほど、僕はやわじゃないよ」

 私の前に再び立った彼が見せる微笑んだ横顔は、私の心を安心で包んでくれていた。

 また前を見据えた彼は膝を曲げて、ゆっくり身構えていった。おそらくその顔からはもう笑みは消え、唇をまっすぐ結んでその綺麗な瞳に敵を捉えていることだろう。


 周りの空気が一気に変わった。全て、彼の、沖田総司の色一色に染まっている。

 彼からみなぎる気迫でわかった。これから何が起こるのか。


 四人のうちシビレを切らした二人が、長い両腕を広げて突進してくる。でも、身のこなしは遅れて踏み出した彼の方が明らかに素早かった。

 小柄な彼はその腕の間をすり抜けて、飄々と身を翻す。

 四人のチンピラたちの中心に凛と佇む少年。翻った反動で切れ長の瞳に中分けにされた黒髪がかかっている。

 虚空を掴んで入れ違った二人は一足遅れて振り返った。さらに苛立って悔しそうに彼を睨みつけ、歯軋りをしている。

 この時点で、もうこの四人は彼の手の内で踊らされていたのかもしれない。


 一斉に四人がかかってくるのを、くるりと回りながら鞘ごと出した刀で牽制する。華麗に回転した彼に、すでに四人は怯みかけていた。

 一番体勢を立て直すのが早かった背後の一人。動きを封じようと広げた両手で胴をがら空きにしてしまったのが運の尽きだった。

 身を屈めて手の届かない位置に入った少年は、納刀したままの刀の鞘の先、鐺(こじり)の部分でチンピラのみぞおちを小突く。

 不幸中の幸いは彼が鞘を抜かないでいたこと。彼が鞘を抜いていれば、模造刀だろうと鋭利な切先がその腹を突き刺していただろう。

 他が次々と襲いかかってくるのを彼は左手に持った刀と右手で容易く受け止め、振り払い、そして打ち当てた。無防備な首元目掛けて、彼の鋭い手刀が飛ぶ。


 「ほっ!それ!」

 彼を見る限りどれも軽い一撃なのは見てとれた。でも、それを当てる部位が的確すぎて、チンピラたちは一発一発に酷くのたうち回っている。


 彼の足刀蹴りが顎を突き、刀の柄頭がみぞおちを抉り、一人、また一人とみるみるうちに脱落者が増えていく。

 屈強な男四人を相手に華麗に立ち回る彼は、本当に沖田総司みたいだった。

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