第一話 黒髪ポニテの王子様 3
とうとう、彼は帯刀した刀を抜かずして、チンピラ四人を制圧した。しかも、彼が制圧に要した時間はわずか1分にも満たない。
むしろ、彼はこの争いを楽しんでいて、遊びたいがために長引かせているようにも感じた。
「土方さんなら切ってるとこだったよ?相手が僕で良かったね」
腰の帯に刀を戻しながら、物足りなさそうな彼は言った。完膚なきまでに叩きのめされ、立ち上がることさえできないチンピラたち。
「くそぉ…」
悔しそうに地に伏せている四人を少年は言わんこっちゃないと見下ろしていた。
「こ、この野郎ッ!」、その視線に耐えかねて、私を攫った金色ワイシャツのオジサンがポケットから何かを取り出す。震える手で握りしめたそれは何かの柄のように長細い。
オジサンが勢いよく腕を振ると柄からギラリと光る銀色の部分が露出した。ナイフだ。
あれに刺されれば、間違いなく死んでしまう。
「よくもやってくれたなぁッ!ブッ殺してやる!」
尖った刃をこちらに向けて、オジサンは叫ぶ。下がっていた私は少年より明らかに距離が離れているのに、ガクガクと膝を震わせていた。
「へぇ?そっちがその気なら…斬るよ?」
しかし少年はものともしない。腰に戻した刀を、今度は鍔を弾いて鞘から引き抜いていく。オジサンが出したナイフよりもはるかに長い刀身が三日月の如く白銀に輝いていた。
「ハハハ!どうせてめぇのは偽モンだろ!舐めてんじゃねえッ!!」
オジサンが突き出したナイフはかわした少年の脇をすり抜け、壁際の配管に突き刺さる。
パックリと配管に穴を開けた切れ味に私が慄いていると、少年は刀を横に構えた。
「太刀筋が、甘いッ!!」
全身を使って振り抜いた刃は、配管に穴を開けるどころか真っ二つに斬り裂いた。
切り口は乱れ一つない綺麗な平面だ。おまけにオジサンの脳天の髪の毛を数センチカットしてあげている。
本物だ。この刀、模造刀なんかじゃなくて真剣。半信半疑だった私もチンピラたちもこれを見ては信じないわけにはいかなかった。
この子、もしかしてほんとに…。だんだん彼が名乗った四文字の名前が真実味を帯びてきた。
突き刺さったナイフもそのままにして、オジサンは悲鳴をあげて後ずさる。
「そんな使い方じゃこの子が泣いてるよ。料理に使われた方がマシだってさ」
腰を抜かしたオジサンに切先を向けながら、少年は顎で突き刺さったままのナイフを指した。
「剣は全身で扱わないと」
少年は刀を構え直し、深く腰を入れる。いよいよ本当に彼らを斬るつもりだ。
ということはだ。私はふと冷静になる。
彼の刀は本物なわけで、彼は充分このチンピラたちを殺せる実力を持っているわけだ。つまりこれからこの場でとりおこなわれるのは…
…殺人。
「ダメェーーーーッ!!」
「ちょっ!何するのさ!?」
私は彼の腰にしがみついて、必死に彼を止めた。
「ダメッダメッ!殺しちゃダメッ!!」
「な、なんでさ!君や僕を殺そうとしたんだよ!」
「そうかもしれないけど、今の時代そういうのはダメなの!」
正当防衛といっても限度がある。しかも街中でこんな刀を持ってたら銃刀法違反で捕まっちゃうよ。
ピーーッ!!
そうしてタイミングが良いのか悪いのか、ようやくお巡りさんのご到着。自転車から降りた二人の警官が私たちの方へ走ってくる。
やっと安心、かに思えたがそうでもないみたい。
「そこのキミたち!何やってる!!」
キミたち、と指差されたのはあのチンピラたちではなく、掴み合っている私たち。
「ち、ちがうんですお巡りさん!そこのチンピラたちが…」
「署まで来てもらうよ」
弁解の余地なく、私の左手はお巡りさんに引っ張られてしまう。でもすかさず彼が、そのお巡りさんの手を捻りあげる。
「いててててっ!」
「女の子に乱暴は良くないよ」
いやあなたそれ警察だから。警察に乱暴も良くないから。
「く、くそ!逃げるぞ!」
「こら!待ちなさーい!」
もう一人の警官が立ち去るチンピラ四人を追っかけていく。
「おいこら!」
少年もチンピラを追おうとするがそれどころではない。
「何をするんだキミ!そんな危ないものまで持ち歩いて!」
私たちの方の警察官は捻りあげられた腕をさすりながら、さらに怒る。
「襲われていた彼女を助けたのに、ひどい仕打ちだね?」
「とりあえず、その刀を渡してもらうよ」
「触るな!」
警官の指先がほんの少しだけ刀に触れただけで彼は激昂した。その声は近くにいた私の耳を劈くほど。
「この刀は僕にとって大切なものなんだ!気安く触れないでくれ」
あれほど余裕そうにしていた彼が、必死の表情で訴えている。右手にもたれた刀はすごい力で大切に握りしめられていた。
「ダメだ、渡してもらう」
「嫌だって言ってるでしょ」
それでも刀を取り上げようとする警察官に少年の怒りも最高潮に達しそうだ。このままいけば、警察官すらも斬りかねない。
彼にとってすごく大事なものなんだろうということは、出会ったばかりの私にも理解できた。
悪い子じゃ無さそうだし、助けてもらったお礼もある。今度は私が役に立つ番だ。
「キミ!こっち!」
「え?」
私は彼の腕を引っ張って路地裏を抜けて大通りに出た。駅前で人通りも多いからか、彼の和装はすごく目立っている。
「待ちなさーい!!」
すぐ後ろからは警官がせまってくる。駅とは反対の右方向に体を向けて、私は走り出した。
普段運動なんてしないから、もう休みたいけど、今は彼がいるからそうもいかない。
「はぁはぁはぁ…」
「こらぁー!!」
「これじゃあ追いつかれちゃうよー」
逆に彼の方はあれだけ動き回っても全然息が上がっていないようで、私に手を引っ張られて走っていても、それは軽いジョギング程度のようなものだった。
「ふむ…しょうがないなぁ。ほいっ」
言葉を返す余裕もなかった私を見兼ねてか、彼は私の肩と膝あたりに手を回す。そこから私を抱え上げたそれは、乙女の憧れだが街中でやるには恥ずかしすぎるあの体勢。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
お姫様抱っこ…。自分でも悲鳴なのか歓声なのかよくわからなかった。顔から火が出そう。頬が赤いとかそんなレベルじゃない。
やだっ!私先月2キロ太ったばっかなのに!!今まで気にも留めなかった自分の体重を、今はひどく恨んだ。
「ほら、行くよ?」
私を抱えた彼は私の倍のスピードでぐんぐん前に進んでいく。
そうして私は彼に抱き抱えられたまま、警官を巻くのだった。
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