第一話 黒髪ポニテの王子様
第一話 黒髪ポニテの王子様 1
「うーん、面白そうなのないなあ…」
漫画アプリの新着作品欄をスクロールする手が止まることはなかった。ない、私の心を鷲掴みにする作品がない。どれもあまり気を惹かれないし、ザ・王子様も出てこない。
選り好みしているうちに時刻は13時12分。もうそろそろ昼休みも終わってしまう。今日はお弁当食べながらゆったり漫画読みにふけるんだと思っていながらこれだ。
せっかくの現実逃避を台無しにしてしまった私は、いちごミルクを飲み干して空を仰ぐ。綺麗な青空が屋上を包んでいた。
「また一人飯?」
ベンチに座った私を覗き込んでくる影が、コンクリートの床に伸びる。
気づいて振り返った私の目線の高さに合わせて、身を屈めている彼女。
「ハナ、もうちょっと友達増やしたら?」
私の名前を呼ぶ彼女は、やれやれといつもお決まりの呆れ顔を見せた。
「できたらやってます」
ぷいっと顔を背けて私はお弁当を片付け始めた。
私―若月ハナという人間は人付き合いが苦手。というのも他人から話しかけられるといい顔しなきゃって思って、空回りするから。だからいつも、アイツなんなんだろう、みたいな変な空気になってしまって自然消滅する。
言われなくたって自分が一番よくわかっていますとも。
「そのくせ、意地っぱりだよねー」
ええそうです、これでも私、プライド高いですから。長女で一人っ子の私は、やんちゃ男子である親戚のいとこたちと一番年下だろうと対等に渡り合っていた。
そんな野郎どもの中で育ったからか私はよく母親にもう少し色気を出せと言われる。すっぴんで出かけて何がいけないのよ。
「気難しいタイプだよねー」
ついに堪忍袋の尾が切れて、私は彼女につかみかかる。
「何よ!もう!自分は三人目のカレシいて、みんなからちやほやされてるからって調子のってんじゃないわよ!!」
彼女の頬をめちゃくちゃに引き伸ばしてやる。綺麗にお化粧されたすべすべな肌なのが、また腹が立つ。私は1ヶ月前から消えないニキビに悩んでるっていうのに。
「ひいたたたたた!ごめんごめんごめんって!」
ふぅー、息を吐きながらひとまずは勘弁してやる。
引っ張られた頬をさすった後、乱れた茶色い髪を直す彼女は私の腐れ縁の幼なじみ。坂本アカネ。
お隣の2年4組。女バスのエースで運動神経抜群、おまけに成績優秀。座学専門の私でも後一歩のところで彼女には届かない。
高校まで一緒にするつもりなんてなかったんだけど。なぜか付いてきた。隣に立たれると嫌ってほど見比べられる、これでもほんとに幼なじみなんだからね?
「美容院行ってきた髪がぐちゃぐちゃだよー」
「また髪染めたわけ?」
「そーそー今度はチョコブラウン!」
そう言われても、私にはどこが変わってるのかさっぱりだ。2ヶ月前と何も変わってないじゃない。
「ハナも染めたら?」
「やだよ、頭髪検査引っ掛かったらめんどくさいし」
こちとら律儀に校則守ってるんだから。おかげさまで純日本人の黒髪です。
カールして毛先を遊ばせたアカネの髪と比べて私の黒髪はどストレート。長さは同じくらいでも、色合いや毛流れが全く違う。なんだろう、お互いの人生みたい。
「もったいなーい」
「いいの!ほら授業始まるよ」
お弁当を綺麗に風呂敷に包み終えた私は、アカネを置いて階段の方へ歩き出した。どうせアカネは他の人と一緒に戻るんだろうし、私がいても邪魔だよね多分。
元のグループに戻ったアカネの笑い声を背に私は教室へ戻った。
―――
こうして私は一人また黙々と授業を終え、真面目に掃除をし、淡々と帰りの準備を済ませて家に帰っていく。もうだいぶ慣れた。こんな当たり障りもなければ、刺激もない毎日も。
帰り際に見た部活に行くアカネはいつも通り活気に溢れていて楽しそうだった。でも別に構わない。私には趣味もあるし、発散方法も自分でわかっているつもりだ。別に寂しくない。
今日は駅前の本屋にでも寄ろうかな。
連絡の一つも来ないスマホを見ながら、私は電車に揺られる。
窓の向こうに広がる街はいつものように平和で温かい夕日に染まり出していた。窓一枚隔てて、世界が違うみたいだ。私の心は、冷たい風に吹きさらされている。
携帯に目を逃して、本屋で買いたかったコミックスのことで頭を埋め尽くした。漫画の中にはかっこいい王子様がいてくれる。別に私の王子様は物語の中にいればそれでいい。現状はこれで事足りている。
私は幸せ私は幸せ私は幸せ…
「はぁ…」
それでも、ため息が漏れた。
・・・
やっぱり夕方の駅前は混んでいる。帰宅するサラリーマンに寄り道をする学生、…いちゃいちゃするカップルども。
きーっなんですかなんですか!!いいですよーだ!私はこれから私専用の王子様に会いに行くんだもんねー!!
自然と足音が大きくなって、足早になる。
「いったっ!」
乱暴な歩き方になっていたのか、誰かと肩がぶつかってしまう。当たった感じ、体格のいい男性だったと思う。よろけた体を返して、すぐに私は謝った。
「すみませんっ!失礼しましたっ!」
結構強めにぶつかってしまった気がして、深く頭を下げる。すると地面を向いていた視界の上からこんな声が。
「あぁん?いてぇじゃねえかおねーちゃんよぉ。どーすんだよ腕折れちまったよ」
低くてドスの効いたガラガラ声。流石に折れないでしょと心の中でツッコミながら、恐る恐る顔を上げてみる。
予想通り、目の前には浅黒くてサングラスをかけた、柄の悪いオジサンが。
袖を捲った金色のワイシャツに金のチェーンのネックレス。それほんとにかっこいいですかってツッコミたいけどできないよね。むしろ冷や汗が止まらない。
そういえばこっちの道はたまに、めんどくさい昔ながらのチンピラがいるってママが言ってたっけ。
「おい、何ジロジロ見てんだねーちゃん。ガンつけてんのか?」
「へ?いやいやいや違います!!なんというか面白いというか珍しいというか…」
あ…
「あぁ?」
ヤバい!どうしよ!焦ってなんか喋ろうと思ったらついつい口走っちゃった!
「あ…いや違うんです!そういう意味じゃなくて!言葉のあやというかなんというか…」
「うるせえこっちこいや!」
ついに私はぐいっと手を引っ張られて、路地裏まで連れて行かれてしまった。
ビルの裏側に囲まれた路地裏には、同じような格好をした色とりどりのチンピラさんたちが三人溜まっていた。
壁に突き飛ばされて尻餅をついた私は、ニヤけてるのか睨んでるのかわからない、とにかく鬼の形相をしたチンピラたちを見上げる。
うぅわどうしよ…。こんな屈強な男性相手に立ち向かうなんて無謀だし、逃げたところで追いつかれる自信しかない。そもそも、足が震えて力が入らない。
ジリジリと迫ってくるチンピラたち。後ろのコンクリートの壁にこれ以上ないくらいべったり背中をつけて、膝を曲げることでしかチンピラたちと距離を取れない。
涙が下瞼に溜まってきて、目を思いっきり瞑った。心の中では両親への最後の言葉を紡いでいた。
溜まった涙のダムが決壊する寸前。遠くから聞こえてくる駆け足の音。そしてそれは、再び目を開いた私の前で止まった。
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