第3話 守護る

 始業式を終え、あーしは二人の誘いを断った後、ある場所に呼び出されていた。

 校舎裏、新学期初日は、皆帰るのが早く、普段以上に人の寄り付かない場所だ 


 「校舎裏に呼び出したぁ随分とド定番なシチュエーションじゃねえか、なんだ?告白か?それとも...」


 「喧嘩じゃクソアマ」


 目の前にいるのはこの高校1の不良、鬼口きくち明玄あきとら

 あーしをここへ呼び出した果たし状には、『テメェがボコったうちの唐澤からさわの仇を取る!覚悟しろ!校舎裏に来い!ボコす!』と、なんともあほくさい文章が書かれていた。


 「喧嘩ねぇ...別にあーしも暇じゃねぇのよ、てか唐澤は急にキレて殴りかかってきたのが悪ぃんだろうが」


 「うるせぇ!やられっぱなで終われっかよ!」

 

 その時、背後から3人鬼口の手下がやってきて奇襲を仕掛けてきた。


 ガッ!!


 「へへへ...ざまあみろ...!?」


 「はぁ...なんだ?鉄パイプか?あーしの頭かち割れたらどうすんだよ、ええ??」


 「ひぃぃ!!」


 「上等だ。全員まとめてぶっ飛ばしてやんよ!!」 

 

 こうして、繰り広げられた激しい喧嘩は、16分で決着がついた。

 勝利したのは、当然このあーし、霧峰きりみね莉沙りさだった。


 「ったく...テメェらが呼び出しさえしなけりゃ、今頃みんなでカラオケだったのによぉ...てか鉄パイプどころかバールかよ、死んだらどうすんだボケが」


 あーしがその場を離れようとしたその時、校舎裏に一人の女子生徒が歩いてきた。

  

 「初日から随分と派手にやったわね」


 「んだよ...悪いのは喧嘩吹っ掛けてきた方だろうがよぉ」 


 こいつはあーしの隣のクラスの委員長『明条院みょうじょういん愛華ういか』中学の頃からの仲で、心配性なのか一人でいると良く声をかけてくる。

 今年からクラスが離れ、話す機会は減ったが、結衣たちといないときは話しかけてくるし、休みの日には二人で遊ぶこともある。

 あの二人と同じで、こんなあーしに絡んでくる変なやつだ。


 あーしはそのまま愛華に連れられて校舎内の階段に座らされた。


 「今日はまたどうしてこうなったの?」


 「......あいつらに果たし状渡されて...」


 「無視すればいいのよ」


 「負けるのが怖くて逃げたみてぇだろうが!」

 

 「素で発想が不良だから喧嘩売られまくるのよ」


 愛華は「はあぁぁぁ~」とわざとらしく大きなため息をつきながら、あーしの手当てを始めた。

 消毒が染みる...


 「...........なんでバールで殴られて軽いたんこぶ程度で済んでるのかしら...ほんと頑丈ね」  


 「すげぇだろ?」


 「はいはい、ほら終わったわよ」


 「ん」


 手当てが終わり、帰り道。

 お礼のつもりで近くの自販機に五百円玉を投下する。

 確か愛華の好きなのは...


 「はい、いちごミルク」


 「ありがとう」


 こんなに親しくしてはいるが、あーしは愛華のことをあまり詳しくは知らない。

 あーしが知っていることといえば、実家が神社だか寺だかで、頭が良くて、いちごミルクが好きなこと、あとは重度の世話焼きであることくらい

 ...まあまあ知ってるか?


 「そういえば...あなたといつも一緒にいるあの子、なんだったかしら空色の髪の子」


 「あぁ、結衣か?なんかあったか?」


 「その結衣って子、なにか良くないものに憑かれてるわ」


 「憑かれてる?あぁ神社生まれの感ってやつ?」


 「うちは寺よ、まぁでもそんなとこよ。入学式の時からずっと気にはなっていたのだけと、最近は日に日に彼女の纏う気配が濃くなって、このままじゃいつか取返しのつかないことになるわ」


 正直、半分以上何言ってるか分かんねぇ...

 でも、本気で心配してることは分かる。

 本当に世話焼きなやつ...


 「まぁ一応気にかけとく」


 「私ももう少し調べておくわ、進捗があればまた伝えるわ。じゃ、また明日ね」


 気が付けばあっという間にいちごミルクを飲み切っていた愛華は、ペットボトルのラベルを剥がし、ノールックで自販機横のごみ箱に投げ入れ、そのまま振り返ることなく帰っていく。なんだ今のかっけぇ!

 あーしは自分の飲んでいた缶コーヒーを一気飲みしてノールックで投げてみる。

 結論から言えば、あーしはその後微妙に残っていた中身をぶちまけて、その後処理を終わらせた。缶は普通にゴミ箱に入れた。


 帰りの駅でスマホをつけてみると、丁度喧嘩真っ最中のタイミングで3人のグループチャットに通知がきていた。


結衣{今二人で我が家にいるんで、用事終わって暇ならいつでもきていいよ!]


 「ふっ、じゃあ行ってやるか」

 

 止まった電車に乗り込んだあーしは驚かせるためにあえて返事せずに結衣の家に向かった。


------------------------------------------------------------------------------------------------


 「ワタシは、あなたの友達...そして家族のしおんです。」


 目の前の瑠美ちゃんだったそれが、まるで慣れ親しんだ友と語らうような優しい口調で、手を広げ語り掛けてきた。『しおん』、そう名乗って

 

 「瑠美ちゃん...なんだよね?そう言ってよ」


 「いえ、ワタシはあなたのしおんですよ。あなたのぬいぐるみのしおんです。」


 周囲を見渡すと、私のすぐそばにはちゃんと動くしおんは存在している。

 そして目の前のしおんと名乗る瑠美ちゃんはそんなしおんを見て体を少し傾け思考を巡らせているようだ。

 その時、私は瑠美ちゃんの体の異常に気づいてしまった。

 腹部の深くまで突き刺さったハサミ、そこから絶えず溢れる血液が純白の制服を赤く染め上げている。

 ここまでの重傷だというのに瑠美ちゃんはまるで気にも留めず、体を左右に揺れ続けている。


 「ね、ねえ瑠美ちゃんあのn...」


 「なるほど分かりました。主人、どうやら瑠美さんを殺す際に騒がれないように喉に詰めた綿を飲み込んでしまったようで、それが原因で今、ワタシが瑠美さんの遺体に乗り移っているのだと思います」


 「え...今こ、殺したって...」


 「?ええ。殺しましたけど...」


 瑠美ちゃんが死んだ...?しおんが刺して、血が出てて...乗っ取り?

 分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない分かんない


 「大丈夫ですか?どこか具合でも...」


 「出てって」


 「主人?」


 「一人にして」  


 「わ、分かりました...行きましょう本体のワタシ」


 瑠美だったそれの後、しおんはテトテトと普段と変わらない音を鳴らしながら部屋を出て行った。

 私は一人になってすぐ部屋の鍵を閉め、椅子でドアを封じると、血まみれの部屋を見て、受け入れがたい現実を見てその場に崩れ吐いてしまった。

 

 その日私は、友達をふたり失った。


------------------------------------------------------------------------------------------------


 あの後、部屋を出たワタシは、血まみれになった本体のワタシを洗濯機に入れ、自分は瑠美さんの体に付いた血をシャワーで洗い流し、傷口をホッチキスとテープで応急処置を済ませた。

 本当なら縫って塞ぎたいが、裁縫セットは部屋の中。

 今は主人も一人がいいそうですし...


 ワタシは瑠美さんが学校に置いていき忘れた体操服に着替え、洗濯中の本体に主人を託し、家を出た。


 「不思議な感覚です。自分の意思で家から出たのが初めてだからでしょうか...」


 しかし、どこに行きましょうか。

 瑠美さんの記憶は先程からワタシの中に流れ続けており、少しずつこの体、伊藤いとう瑠美るみさんのことも分かってきた。

 そんな気がしていたワタシに、誰かが背後から声をかけてきました。


 「おーーい!瑠美--!!もう帰るのかー??」


 主人の家から続く坂道を駆け下りて肩を組んできたのは、謎の赤髪の女子高生だった。瑠美さんの記憶によると主人の友人の莉沙さんでしょう。


 「えっと...」


 「あぁいや予定早く終わったからさ、遊びに来たんだけど...結衣は?あとなんで体操服?」


 ワタシが瑠美さんではないことを伝えるのは...良くないですね。

 ここで疑われて、下手をすれば主人にご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。

 今は瑠美さんの記憶から彼女の言動をなるべく再現して...


 「なんだか体調が悪くなったみたいで、休ませたかったのでお開きにしました。あ、服は汚れたので(^_^)」 


 「そっかぁ...まぁそういう事なら仕方ねぇ今日はおとなしく帰るよ。また明日な」


 「ええ、また明日(^_^)」


 彼女は先程下りてきた道を横に逸れ自宅と思われる方へ歩いて行った。

 さて、どうしましょうか。

 ワタシはいま事実上家出しているようなものですし...


 そうだ、瑠美さんの家に行きましょう。

 莉沙さんもごまかせたのできっと大丈夫でしょう。

 それに、問題なければ主人にと共に学校へ行ける...!


 「主人、任せてください。このしおん、あなたの友人『伊藤瑠美』として、共に学校に通い常にあなたのことを守護まもってみせます!」


 ワタシは主人のいる部屋の方を見ながら決意を口にした。

 亡り代わったワタシの決意表明は誰の耳にも届くことはなかったが、その声は間違いなく外の世界に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付喪な死怨の亡り代わり ガルバンガン @GBRG

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ