第12話 領都東門で、行列待ちの雑談を。

一番最初に泊まった集落を過ぎてから、だんだん道幅が広くなっていき、馬車や荷馬車同士が余裕をもってすれ違えるようになってきた。護衛についてくれた人たちは馬に乗り、荷馬車の前後についてくれてすごく安心できた。


片道5日を掛けて、領都に到着した。領都は高い石壁に囲まれていて、東門と西門からしか中に入れないとジグさんが教えてくれた。私たちが今いるのは東門なんだって。


「やっと領都に着いたのに、行列に並ばないといけないなんて思わなかった」


荷台から下りて伸びをしながらお兄ちゃんが言う。私たちは今、領都に入るための検問を受けるべく、行列に並ばされている。護衛についてきてくれた人たちは行列には並ばずに帰ってしまった。


「領都に来るたびに行列に並ばなきゃならんのは面倒だが、この検問で領民以外から金を受け取るのは領主様の大事な仕事のひとつなんだよ。その金で、不作の時には他領の豊穣の女神様の神殿から小麦を買って、各街や集落に分けてくださるんだ」


私は荷台で枕を背に座りながら、ジグさんの説明を聞く。その流れでジグさんのスキルについての話になった。お兄ちゃんが参考にしたいからと話をせがんだのだ。私も、ジグさんのスキルに興味がある。


「テッド。人込みでスキルについて尋ねるのはいけないことだと教わらなかったか?」


呆れたように言うジグさんに、お兄ちゃんは唇を尖らせた。


「だって、俺、叡智の神様にどんなスキルを貰いたいかわかんないんだ。シソの塩漬けの商品登録したいだけだからさあ」


「俺は木工工房を継ぐと決めていたから、木工スキルを貰ったぞ。テッドは食堂を継ぐんだから、料理とか商売に便利なスキルを貰ったらどうだ?」


ジグさんは人込みの中で自分のスキルをぶっちゃけた。いいの? しかもお兄ちゃんが貰うスキルの話を進めている。私は荷馬車の荷台からこっそり周囲を見回した。……誰もお兄ちゃんとジグさんの会話を盗み聞きしている様子はない。よかった。


「叡智の神様ってどんなスキルをくれるの?」


私の心配をよそに、お兄ちゃんは呑気にジグさんに尋ねた。それは私も気になる。叡智の神様ってどんなスキルをくれるんだろう?


「そうだなあ。火のスキルも叡智の神様からの賜りものと聞いたことがある」


「へえー!! 火の玉を出せたらかっこいいな!!」


ジグさんの言葉を聞いたお兄ちゃんが乗り気になった。やめて!! 森の中で火の玉なんか出したら火事になっちゃう!!


「お兄ちゃんっ。火のスキルなんて、野宿とかしない限りはいらないでしょっ。お兄ちゃんは火打石で火をつけるの、すごく上手だしっ」


「そう言われてみればそうかも」


お兄ちゃんは火のスキルを諦めたみたい。素直でよかった……!! ついでに私が欲しいスキルを取ってくれるように誘導してみよう。


「ねえ、氷のスキルがいいんじゃないかな? 火のスキルが貰えるなら、氷のスキルも貰えそうでしょ?」


氷があれば、アイスクリームが作れる。食堂で冷たい飲み物が出せれば、利益も上がるんじゃない? ティナの記憶によると氷を見たことも、氷を食べたことも無さそうだったし。


「こおりってなに?」


ティナの記憶の情報がないということは、お兄ちゃんも氷を知らないということだ。どう説明すればいいだろう。


「こりゃ驚いた。ティナは氷を知ってるのか。大富豪か貴族の方しか入手できない貴重品なのに」


ジグさんは氷を知っているようだ。でも氷ってそんなに貴重な物なの? アイスクリームは買えますか……? って、そんなことを考えてる場合じゃない。氷を知ってる言い訳を考えなくちゃ……っ。


「あのね、本で読んだのっ」


必殺、困った時の『本の知識』!!


「そうか。平民学校は、ずいぶんいろんな本を揃えてたんだなあ。平民学校に行ってた頃は、本なんか全然興味が無かったから知らんかった」


ジグさんはごまかされてくれた!! よかった……。でも、平民学校の本を読むのが好きだったティナは氷のことを知らなかったんだから、平民学校の関係者とか、平民学校で本を読んでた人の前ではうかつなことは言えない。気をつけなくちゃ……。


「なあなあ、こおりってなに?」


テッドの疑問を置き去りにしてしまっていた。氷の説明、どうしよう。私は迷いながら口を開く。


「あのね、水をすごく冷たくすると、冷たい塊になるんだって。その塊の名前が氷っていうんだよ」


めちゃくちゃ大雑把な説明をして、私はお兄ちゃんの反応を窺う。これで伝わる? 伝われ……!!


「冷たい塊が何の役に立つんだ? 火より役に立たないじゃん」


テッドの損得勘定が発動した!!


「氷は役に立つよ!! すごく暑い日に、すごく冷たいお水が飲めるんだよ!! それに、お酒もすごく冷たくできるんだよ!!」


凛々子のパパは、ぬるいビールはビールとは認めないと言っていた。冷蔵庫で缶ビールを冷たく冷やして飲むのが好きだった。うちの台所には冷蔵庫もないし、電気も無いから、お酒を冷やすには氷を入れるしか無さそう。


「テッド。絶対に氷のスキルを貰うんだ……!!」


お兄ちゃんより先に、ジグさんが氷のスキル獲得に前のめりになった。



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