第11話 トイレも怖いし、盗賊も怖い。
荷馬車に乗って移動するのは、割と楽しいんだけど、でもひとつだけすごく嫌なことがあった。
それは、トイレだ。
トイレ……お手洗いは、四角い箱の中に美の女神様の神殿で買った布を敷いている。それを荷馬車に積んでいる。
荷馬車の上でお手洗いに行きたくなったら、どうすると思う?
荷馬車を止めて、人目を避けられる場所に箱を下ろして、ひとりになって用を済ませる……と、思うでしょ?
違うの!! 止まった荷馬車の影で!! ジグさんの視界に入りながら用を済ませたの!!
こんな屈辱、恥ってある……!? ティナは8歳で、私は12歳ですけど!!
大人が目を離すといろんな意味で危ないんだって。……ああ、日本の治安の良さが恋しい。外出してもトイレがあったし、学校にもトイレがあった。旅行に行ってもちゃんと、トイレがあったよ……。
トイレ事情を考えても、大人は無理だなって思った。一人用のテントみたいな商品って無いのかなあ。領都に行ったら探してみたい。そして帰り道はプライベート空間でトイレを使いたい。
「でも、似たような景色ばかりで眺めるのも飽きたなあ。人はあんまり歩いてないし、馬車や荷馬車が時々通るだけだもんな」
テッドが荷馬車の淵にもたれかかって退屈そうに言う。
「退屈なくらいがちょうどいいさ。運が悪いと盗賊に遭遇したりするんだぞ」
「盗賊!? 怖い!!」
御者台にいるジグさんの言葉に怯えて、私は思わず大声を出してしまう。私の大声に怯えた馬が怯えたように耳を動かしていなないた。ジグさんは馬を宥めるように撫で、私を安心させるように笑顔を向ける。
「武器のこん棒も御者席に置いているし、叡智の神様に旅路の安全をお祈りしたから大丈夫さ」
木製のこん棒で武器を持っている盗賊と渡り合えるのか、不安すぎる。運命の女神イリューシャ様。どうか、私とお兄ちゃんとジグさんと馬と荷馬車をお守りください……!!
呑気なテッドの鼻歌を聞きながら、私は必死に運命の女神様に祈り続けた。
私の祈りが届いたのか、幸いにも盗賊に襲われることもなく、空が夕暮れに染まる頃に荷馬車は宿泊予定の集落に到着した。
「この集落までの道は、金を持ってる奴はめったに通らないから盗賊も狙わないんだ」
懇意にしている集落の長の家に招かれ、晩ご飯をご馳走になっていると、道中の私の怯えようを話の種にしながらジグさんがそう言って笑った。ひどい。
「明日、俺たちの集落の若い者たちが荷馬車の護衛をするから、お嬢ちゃんは安心していいぞ」
ジグさんとエールを酌み交わしている集落の長がそう言って笑う。集落の長は元は私たちが住んでいるグローウェル領で第三部隊の衛兵長をやっていたんだって。私、ティナが住んでいた街の領地の名前を初めて知った。ティナの記憶を細かく見れば、街の名前とかもわかるのかもしれない。
「おじさん。衛兵長なんてすごい仕事をしてたのに、なんでこんなところにいるんだ?」
お兄ちゃんは集落の長を素直におじさんと呼び、自分の疑問を口にしている。
集落の長もジグさんも気を悪くした様子がなくて、ほっとする。
「衛兵は他の職業と比べると、退職……って言ったら難しいか? 仕事をやめなくちゃいけない年齢が若いんだよ。それで、仕事をやめたらどうなるかっていうと、収入がなくなるわけだ。それで困ってた時に、領主様から街道沿いに集落を作って住んでほしいって言われてな。開拓した土地は、土地代を払わなくてもいいし、子どもに受け継がせることもできると言われて引き受けて、今に至るわけよ」
「ふーん。そうなんだ」
自分から話を振ったくせに、テッドは気のない相槌を打つ。
土地代……あ、ティナの記憶にある言葉だった。平民学校で習っていた。
土地代っていうのは、領主様か王様に納めるお金らしい。うちはバローズ食堂の土地代を領主様に納めているってことだよね?
バローズ食堂は、あんまり儲かっていない。赤字経営ってわけじゃないだろうけど、ティナを平民学校に通わせ続けるお金も、ティナが本を買うためのお金も出せないと両親は言っていた。現金収入はきっと、土地代に使うのだろう。
「護衛代は塩と蜂蜜でいいな?」
「行きだけの分ならそれでいい」
ジグさんと衛兵長が互いにエールを注ぎながら話をしている。なんだか疲れて眠くなってきた。お兄ちゃんに視線を向けると、寝っ転がって眠っている。
さっき、衛兵長への返事がやる気なかったのって、眠かったからなのかもね。
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