第7話 お兄ちゃんと崩れかけた石造りの建物を探検しよう。
私は無事に、お兄ちゃんをティナが錆びたブレスレットを拾った崩れかけた石造りの建物に連れて来ることに成功した。お兄ちゃんは石造りの建物見て、興奮し、探検しようと言い出した。探検って言っても、天井も壁も崩れ落ちていて、特に何もなさそうだけど……。
「ティナ。この床、変じゃないか?」
崩れかけた石造りの建物を歩き回るテッドにくっついて歩いていると、彼は唐突に足を止めて足元を指差す。
「ほら、ここ。他の床と模様が違う」
私はお兄ちゃんが指さした床をじっと見つめる。確かに他の床と模様が違った。ティナも私も、床をじっと見たりしなかったから全然気づかなかった。
テッドが模様が違う石畳の上で足踏みをしたり飛び跳ねたりしていると、石畳にぽつりと雨の雫が落ちて来た。
「雨降って来たっ。ティナ、フード被って。帰るぞ」
「うん」
お兄ちゃんは雨具のフードを被り、床に置いていた背負い駕籠を背負った。私も雨具のフードを被る。そして二人で森の小道へと戻り、家を目指した。
降り出した雨は土砂降りになり、バローズ食堂に戻った時にはテッドも私もずぶ濡れになってしまった。雨具に水が沁みて、髪と服も少し濡れてしまった。雨具を着ていなかったら大変なことになっていた。
「濡れたー!! 乾いた布ちょうだい……!!」
食堂に入るなり、テッドが叫ぶ。店内にいるお客さんは、呆れたような、楽しそうな顔をして口々にテッドと私を慰めた。お姉ちゃんが渇いた布を持ってきてくれて、一枚をお兄ちゃんに渡し、もう一枚で私の濡れた髪を拭く。
「テッドもティナも、早く濡れた雨具を脱いで。風邪引いちゃうわ」
「ティナの雨具も、俺が干すから貸して」
背負い駕籠を下ろし、乾いた布を首に掛けたテッドは素早く自分の雨具を脱いで、私に右手を差し出した。
私はテッドの言葉に甘えて脱いだ雨具を差し出す。
テッドは二人分の濡れた雨具を持って、小走りでカウンター奥に向かった。
「一度森から帰って来たのに、また森に行ったのね」
私の髪を拭きながらリズが言う。
「うん。お兄ちゃんと紫蘇の葉っぱを採ってきたの」
「シソ? 聞いたことない名前だわ」
そういえば、お姉ちゃんは紫蘇焼きを作っていた時に台所にいなかった。
「背負い駕籠はわたしがお母さんのところに持って行くから、ティナは服を着替えてきて。服、少し濡れちゃってるから」
「うん。お姉ちゃん、髪の毛拭いてくれてありがとう」
私がお礼を言うと、お姉ちゃんは笑顔を向けてくれた。姉弟がいるっていいな。
運命の女神イリューシャ様、私をティナにしてくれてありがとうございます。
私たち家族の居住スペースは、バローズ食堂の二階にある。
お風呂はないけど、お手洗いはある。お手洗いは四角い箱の中に美の女神様の神殿で買った布を敷いている。汚物はその布に触れると綺麗になくなるんだって。不思議。
私は子ども部屋に入って、洋服ダンスから自分の服を出して着替える。ティナの記憶にも洋服ダンスにもハンガーは無い。やっぱりハンガーって無さそう。工房に行ったジグさんは、ハンガーを作れたかなあ。
着替えを終えた私は一階に下り、台所に向かった。
「着替えて来たよ」
「ちょうどシソ焼きができたよ。ティナも食べるかい?」
「食べる」
お母さんは私とお兄ちゃんが採って来た紫蘇とかを、もう仕分け終えて紫蘇焼きを作ってくれているんだ。ただ塩と紫蘇の味がするだけなのに、ティナにとってはおいしいおやつだ。……でも、チョコレートとかクッキーとか食べたいなあ。
お兄ちゃんとお姉ちゃんも紫蘇焼きを食べている。お父さんは紫蘇焼きを気に入りすぎて食べすぎるから、お母さんに手を出すなと諫められていて可哀想。
紫蘇焼きを食べさせてもらえずに拗ねたお父さんは、仲良しのお客さんとお酒を飲みに行ってしまった。……うちの食堂、本当に緩いなあ。儲かってないよねえ。こんな感じじゃ……。
「シソ焼きっておいしいのね。常連さん向けの裏メニューにするんでしょ? いくらで売るの?」
「シソ焼き1枚で、銅貨5枚にしようかね。売れなけりゃ、家族で食べればいいよ。少しは儲けが出るメニューも作らないとね。リズの嫁入り支度のための貯金を始めなくちゃ」
「そんなの、まだ早すぎるわよ」
お母さんに苦笑するお姉ちゃんの言葉に、私も何度も肯く。私は優しいお姉ちゃんにできればずっと居てほしい。
「お姉ちゃんがお婿さんを貰って、ずーっと一緒に暮らせばいいじゃない」
お姉ちゃんがお嫁に行けば今のようには会えなくなるけど、お婿さんを貰えばずっと一緒にいられる。
私の提案を聞いたお母さんとお姉ちゃんは目を丸くしている。お兄ちゃんは呆れたように笑った。
「ムコってなんだよ。女は嫁に行くし、男は嫁を貰うんだ。それが常識ってやつだぜ。ティナ」
なんということでしょう。ティナの世界の常識ではお婿さんはいない……!!
私が衝撃のあまり固まっていると、エールが入ったジョッキを片手に持ったお父さんが台所に現れた。
「ティナ。ジグ親方が呼んでるぞ。はんがーとやらができたって叫んでる」
「今行くねっ」
私は気まずい雰囲気が漂う台所から逃げるべく、ジグさんの元へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます