第5話 神様や女神様に祈るのは理由があるみたいです。

お母さんに小麦粉が入った布袋を渡した私は、お腹が空いたので台所でスープを飲み、パンを食べた。パンは平べったくて噛みごたえがあった。まるでナンみたい。

凛々子の家では朝、食パンをトーストにして食べることが多かったから、ナンみたいなパンは食べなれないけど、小麦の味がしてまあまあおいしかった。


「紫蘇を上げる時は、薄く小麦粉をつけて、油をいっぱい入れるといいみたいだよ」


「油は貴重なんだから、葉っぱごときに贅沢してられないよ」


私のアドバイスをあっさり却下して、お母さんは竈に置かれた鉄の平鍋に薄く油を敷いて塩を振った紫蘇を焼き始めた。


「油って、そんなに高価なの?」


「この辺りじゃ、豊穣の女神様の神殿にしか油の木が無いからなあ」


私の疑問にお父さんがそう答える。お父さんは肉の下処理を終えて汲み置いている井戸水で包丁とまな板を洗い始めた。


「母さんが豊穣の女神様の信徒だから、信仰を捧げれば店で使う分の油は手に入るけど、無駄遣いできるほどじゃないのよ」


お母さんはそう言いながら、両面を軽く焼いた紫蘇を木皿に乗せていく。いい匂い。

お母さんが紫蘇をひっくり返すのに使っているのは菜箸じゃなくて、鉄で出来ているトングだ。持ち手のところには布を巻いている。


「その葉っぱの焼いたやつ、旨そうな匂いがするな。食べていいか?」


肉の下処理をし終えて汚れた包丁とまな板を洗った井戸水を捨てて戻って来たお父さんが、そう言いながら焼いた紫蘇に手を伸ばす。


「左端のは少し冷めてると思うから、食べるならそっちがいいよ」


「お母さん、私も食べたいっ」


「ティナはシソを採って来たんだから、一番に味見するべきだね」


お母さんの許可が出た。お父さんに続いて、私も焼いた紫蘇を手でつまむ。熱いけど、でも火傷するほどじゃない。お箸が欲しいなあ……。

お母さんが焼いてくれた紫蘇は、パリパリ食感でおいしかった。ポテトチップスよりは脆い感じ。


「爽やかな香りがして、いいね。シソ焼きは酒呑みの客に出したら売れそうだけど……。ティナ、シソは森にどれくらい生えてた?」


「目につくところに結構あったよ。雨が降りそうだったから、あんまり採れなかったけど」


私がそう言った直後、エールのお代わりを取りに来たお兄ちゃんが台所に来て、結局、採って来た紫蘇はお客さんに出す前に食べ切ってしまった。お姉ちゃんは仲良しの常連客とお喋りをしていて台所には来なかった。日本では考えられないくらい、すごく緩い雰囲気だ。


「雨が止んだみたいだし、ティナと一緒に森に行って、シソを採ってこようかな」


紫蘇焼きを気に入ったテッドがそう言うと、お母さんが空を確認してくると言って勝手口から庭に出て行く。

ティナの記憶では、お母さんの天気予報はよく当たった。豊穣の女神を信仰している人は、天気予報が上手なのだろうか。


「お父さんはお酒の神様を信じていて、お母さんは豊穣の女神様を信じてるんだよね。お姉ちゃんは美の女神様の信徒になったって言ってたし、じゃあ、お兄ちゃんはどんな神様を信じるの?」


お母さんを待っている間、ちょっとだけ暇だったのでお兄ちゃんに話題を振ってみる。


「どうしようかなあ。この街にあるのは、豊穣の女神様と美の女神様の神殿だけだから、それ以外の神様や女神様の信徒になるには領都か王都に行かないといけないんだよなあ」


テッドがぼやいた直後、お母さんが戻って来た。


「冷たい風が吹いてるし、また雨が降りそうだから、雨具を着て森に行きなさい。いいね?」


私とお兄ちゃんはお母さんの言葉に肯き、まだ表面が乾ききっていない雨具を着た。中は濡れていない。外が晴れているのならフードは被らなくていいよね。


「背負い駕籠は俺が背負うよ」


テッドはそう言いながら背負い駕籠を背負って歩き出す。


「ありがとう。お兄ちゃん」


私はお礼を言って、テッドの後に続いた。テッドって、本当にいいお兄ちゃんだよね。歩く速さをティナに合わせてくれたら、もっといいお兄ちゃんだなって思うんだけど。


「ねえ、お兄ちゃん」


私は小走りでテッドの隣に並んで話しかける。テッドは私が息を弾ませているのに気づいてくれたのか、歩調をゆるめてくれた。嬉しい。


「なんでこの街には豊穣の女神様と美の女神様の神殿だけしかないの?」


「さあ? 田舎だからじゃないか」


この街は田舎らしい。確かに、今歩いているのは土で出来た道で、街とルドラの森と地続きになっている。街を囲う壁もない。

バローズ食堂の汚れ具合とか、お客さんの服装の簡素さを見ても寂れた感じがする。

寂れたっていうのはちょっと悲しい言葉かな。……のどかな感じがする。すごく。


「お兄ちゃんは豊穣の女神様とか美の女神様の信仰はしないの?」


「母さんが豊穣の女神様の信徒でお姉ちゃんが美の女神様の信徒なのに、俺が信仰する意味無いだろ」


「家族と同じ神様とか女神様を信仰したらダメなの?」


「ダメっていうか、使えるスキルが被るのはもったいないだろう」


「スキルが使えるから、神様とか女神様に祈るの?」


「そりゃそうだろ。なんにもしてくれない神様とか女神様を敬う必要ある?」


テッドの信仰論は、私にとって衝撃だった。なんにもしてくれない神様に祈ってた日本人だったので。

でも、テッドの言うことには一理ある。だって、私が運命の女神様を信じてるのは、運命の女神様が祈りに応えて願いを叶えてくれたからだもの。





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