第4話 リズお姉ちゃんは美の女神の信徒になった。
「雨が降って来たから、今日は採集した草の量が少なかったよね。ごめんなさい」
私は台所の作業台で、私の背負い駕籠に入っていた草を並べていたお母さんに謝った。お母さんは私の言葉を聞いて、首を横に振る。
「そんなことはいいんだよ。雨に濡れてティナの具合が悪くなるより、食べられる草の量が少ない方がましさ。それより、獲ってきたことがない草が混じってるから、そのことを聞きたかったのよ。この草なんだけど」
並べられた草の中からお母さんが手に取ったのは紫蘇っぽい葉っぱだ。やっぱり、お母さんも紫蘇っぽい葉っぱを知らなかったみたい。
「その草、食べられない草?」
「食べられるよ。独特の匂いがするけどね」
お母さんに、紫蘇っぽい葉っぱを食べられる草と言ってもらえてほっとする。
「いい匂いがする葉っぱだったから、採ってきたの。なんていう名前の草?」
「シソっていうらしいよ。刻んだり、油でアゲたりするって食品鑑定に出たけど『アゲる』ってなんだろうねえ」
油で揚げる……って、普通に油を熱して、食材を入れればいいんだよね。から揚げとかフライドポテトを作る時に、ママは油で揚げてた。
それにしても、紫蘇はティナの世界でも紫蘇なんだね。
「油で揚げるっていうのは、油をお鍋に入れて、熱くして、小麦粉をつけたりつけなかったりしながら、油の中に紫蘇を入れたらいいんじゃないかな」
私はキッチンでママの料理を見たり、料理動画を見たりした知識をお母さんに伝える。私自身は揚げ物って、やってみたことはない。油がはねて危ないから、やらせてもらえなかったんだ。
「ティナはいろんなことを知ってるんだな。本で読んだのか?」
私の話を聞いていたお父さんに問いかけられて、私はあいまいに微笑む。
「うん。そうなの」
本当は凛々子の知識だけど、そんなこと言えないし、言ってもたぶん信じて貰えない。
「小麦粉なら、ミトラのところに貰いに行けばいいか。ティナ。エール1瓶と小麦粉を小袋に一袋、交換してきてくれる?」
「わかった」
ミトラさんは、バローズ食堂の斜め前にあるパン屋さんの女店主で、お母さんの幼なじみだ。ティナは仲良しの友達がいなかったみたいで、お母さんとミトラさんの関係が羨ましかった。
背伸びをして、テッドが干してくれた雨具を取って着る。お母さんはエールを私が抱えられるくらいの大崎の瓶に入れている。
「母さん。ジグ親方のテーブル、片づけていいの?」
「ジグ親方、いないの? お手洗いに行ったんじゃない?」
「ジグさんは工房に行ったよ」
お兄ちゃんとお母さんの会話に、私も加わる。
ハンガーの説明を理解して、ジグさんは食堂を飛び出していった。ハンガーを作ってくれるって言ってたけど、今、作ってくれてるのかな。
「まだ会計してないのに。ジグさんにも困ったもんだね。ティナ、ジグさんは戻って来るって言ってた?」
お母さんに尋ねられ、私は肯いた。
「だったら、とりあえずジグさんが戻るまでテーブルはそのままにしておいて」
「わかった」
お母さんの指示を受け、お兄ちゃんは接客に戻って行った。お酒の瓶と小麦粉を入れる布袋の準備を終えたお母さんは、干したばかりの私の雨具を手に取り、着せ掛けてくれる。
雨具を着た私はフードを被り、お母さんが用意してくれたお酒の瓶と小麦粉を入れる布袋を持った。忘れ物は無いよね。
「じゃあ、行ってきますっ」
「行っといで。地面が濡れてるから、転ばないように気をつけるんだよ」
「うん」
転ばないように気をつけるようにって、久しぶりに言われたな。小さい子に戻ったみたいでちょっとくすぐったい。こんな時、ティナはまだ8歳なんだよなって思う。
ミトラさんに会って、お酒と小麦粉を交換してもらい、店に戻る。まだジグさんは戻っていないみたい。
「ティナ。戻ったのね」
私に声を掛けてきたのは、ティナのリズお姉ちゃんだ。私とお兄ちゃんが店に戻った時にはいなかったけど、どこに行っていたんだろう。
「ミトラさんに小麦粉を貰って来たの。お酒と交換してきたんだよ。お姉ちゃんはどこに行ってたの?」
もうすぐ12歳になるリズお姉ちゃんは、お父さんと同じ金髪に青い目をしている。お姉ちゃんはティナよりも目鼻立ちがはっきりとしていて可愛い。ティナは小さい頃、自分もお父さんやお姉ちゃんみたいに金髪がよかったと羨んだこともあったみたい。
「美の女神様の神殿に行ってきたのよ。ほら、見て。ブレスレットを頂いたの。わたし、美の女神様の信徒になったのよ。『美の祝福』スキルを掛けて貰って、髪も肌も艶々になったのっ」
リズお姉ちゃんはそう言いながら、右手のブレスレットを見せてくれた。銀色のチェーンに、紫色の小さな宝石が輝いている。お姉ちゃんの髪は、雨空で、ランプの明かりだけの少し薄暗い店内で、輝いているように見える。
お母さんは豊穣の女神を信仰していて、お姉ちゃんは美の女神の信徒になった。お父さんは酒の神の信徒だ。
ティナの記憶の中には、運命の女神を信じている人はティナ以外にいない。ステータス画面に『運命の女神の信徒 2名』と表示されていたのは、間違いではなさそう。
「お姉ちゃんは運命の女神様を知ってる?」
「知らないわ、そんな女神様。平民学校の書庫にある本にでも書いてあったの? ……あ、ごめん。言わなくていいわ。せっかくティナの機嫌が直ったのに、本のことを話題にしたわたしが悪いの」
お姉ちゃんは一方的に話を打ち切って、接客の仕事を始めた。私は小麦粉の袋を届けにカウンターの奥に向かう。
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