22



 夜はまだ深い。

 応接室の窓の外には、夜霧が濃く漂い、街の灯りもほとんど見えない。

 蝋燭の炎だけが、静かに揺れている。

 ヴィクトーリアは銀のトレイをテーブルに置き、カタリナとラウノ、ゾルターナの分のカップも丁寧に並べた。

 ヴィクトーリアは先ほどまで書類とにらめっこしていた目をこすり、あくびをかみ殺す。

 先ほど仮眠をとったばかりというのに、どうにも体が重い。

(……寝不足のせいかな?)

 カタリナはティーカップを手に、静かに息を吐いている。

 ゾルターナはローブの裾を整え、椅子に腰を下ろした。


 扉が開き、ラウノがやや疲れた様子で入ってくる。

 その顔には、普段の皮肉や余裕はなく、どこか緊張が残っていた。

「遅くなりました。……報告があります」

 カタリナが顔を上げる。「どうしたの、ラウノ?」

 ラウノは一礼し、卓上に天球儀アーミラをそっと置く。

「先ほど、政庁の地下牢で異常を感知しました。転移魔術の痕跡があり、調査に向かったところ……モーリツ前執政官が殺害されているのを発見しました」

 ヴィクトーリアは思わず息を呑む。カタリナも、カップを持つ手が止まる。

「……モーリツが、死んだの?」

 ラウノは静かに頷く。「はい。犯人は高位の黒魔術師で、現場で私と遭遇し、短い戦闘になりました。私は応戦しましたが、相手は転移魔術で逃走し、取り逃がしました。現場には黒魔術の痕跡と、巧妙な隠蔽魔術の残滓が残っています。今後も調査を続けます」

 カタリナはしばらく言葉を失い、やがて低く呟く。「……政庁の地下牢で、そんなことが……」

 ヴィクトーリアも背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 ゾルターナは深く息を吐き、手元の書類を指でなぞる。「……つまり、我々の中枢に、黒魔術師が侵入したということですね」

 カタリナは静かに頷き、指先でカップの縁をなぞる。「警戒を強める必要がありますね。政庁の結界も再点検しましょう」

 ヴィクトーリアは腰のホルスターに手を添え、警戒を新たにする。「殿下、警備体制は私が再確認します。ラウノ、君は魔術的な防御を強化してくれ」

 ラウノは「承知しました」と短く答え、天球儀アーミラを懐に戻した。


 ゾルターナは一同の様子を見て、さらに声を落とす。

「……もう一つ、王都で不審な動きがあります。私の使い魔で観察したところ、アマデオ殿下の宮廷魔術師が何者かに暗殺されていました。アマデオ殿下ご自身も、魔術的に〝脆弱な〟状況にあるようです」

 カタリナは驚きに目を見開き、すぐに表情を引き締める。「アマデオ兄さまが……?」

 ゾルターナは静かに頷く。「はい。王都では、何者かが暗躍しています。殿下の周囲の結界も弱まっており、魔術的な保護が不十分です。今のままでは、さらなる危険が及ぶ可能性があります」

 ヴィクトーリアはすぐにカタリナの方を向く。「殿下、王都行きは……」

 カタリナは一瞬だけ考え込み、やがて決意を込めて頷いた。「……庶民院設立の件で、もともと王都へ行く予定でしたが、予定を早めます。アマデオ兄さまの安全も、私たちの改革も、今は一刻を争います」

 ラウノは静かに立ち上がり、カタリナに向かって深く一礼する。「殿下、王都への護衛は私とヴィクトーリアにお任せください。魔術的な警戒も怠りません」

 ヴィクトーリアも力強く頷く。「必ずお守りします」

 ゾルターナは、カタリナの決意を見届けるように、ゆっくりとカーテシーで礼を返した。

「どうか、ご無事で。王都の闇は、想像以上に深いかもしれません。ですが、殿下の勇気が、必ず道を切り開くと信じています」

 カタリナは静かに微笑み、三人を見渡した。

「ありがとう。皆の力を借りて、必ずこの危機を乗り越えましょう」


 蝋燭の炎が静かに揺れ、応接室の空気は、次なる戦いへの緊張と決意に満ちていた。

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