23 閑話 王都の味と記憶



 ラウノが満腹そうな顔で特等席のコンパートメントに戻ってきた。

 ウェストコートのボタンをひとつ外し、手には食堂車のメニュー表をまだ握りしめている。

「……ふぅ。カタリナ殿下、ごちそうさまでした。まさか本当にメニューの端から端まで食べられるとは思いませんでしたよ」

 カタリナは呆れたように微笑み、ヴィクトーリアは思わず吹き出す。

「ラウノ君、食堂車の給仕が厨房に走ってたよ。あんなに注文する人、初めて見たってさ」

「だって、王都行きの特急ですよ?一生に一度かもしれないし、全部味わっておかないと損じゃないですか」

「少なくとも、帰りの便があるじゃないか」

 ヴィクトーリアの指摘に、ラウノが悔しがる。

「しまった!回数券とかあったかもしれませんね」

「……ないと思うわ。一応、特等席専用の食堂車よ」

 カタリナもラウノの扱いに慣れてきたようで、ヴィクトーリアはこのひと時がなんだか心地よく感じていた。


 カタリナは窓の外に目をやる。

 夜明け前の薄明かりが、車窓に流れる田園と遠い山並みを淡く照らしていた。

「ラウノ、王都は初めてだったわね。どんな街だと思う?」

 ラウノは少し考え込む。「うーん……港町やロディナみたいなものを想像してましたが、やっぱり全然違うんでしょう?」

 ヴィクトーリアは窓の外を指さす。「王都はね、まず広い。駅を出た瞬間から石畳の大通りが何本も放射状に伸びてて、馬車も人もごった返してる。朝になるとパン屋の香りが通りに漂って、昼は市場の喧騒、夜は劇場やカフェの灯りが絶えないんだ」

 カタリナが懐かしそうに微笑む。「子どもの頃は、よく兄さまたちと王宮の裏庭でかくれんぼをしたわ。春になると、王都の公園は花でいっぱいになるの。イザベラ姉さまがよく、私たちを連れてお菓子屋さんに行ってくれたっけ」

 ラウノは目を輝かせる。「そんなに賑やかなんですね。……あ、王都の名物料理って何です?さっき食堂で〝王都風シチュー〟ってのがあったけど、あれ本物ですか?」

 ヴィクトーリアは肩をすくめる。「あれは観光客向けだよ。本物は、駅前の屋台で売ってる焼きソーセージとか、夜市の蜂蜜パイとか……。あ、でも殿下のおすすめは?」

 カタリナは少し考えてから、「王都の朝市で売ってる焼きリンゴが好き。あと、王宮の厨房で作るレモンケーキは絶品よ」と答える。

 ラウノは感心したように頷き、窓の外に目をやる。「……王都って、やっぱり特別なんですね。なんだか、少し緊張してきました」

 ヴィクトーリアはラウノの肩を軽く叩く。「大丈夫。君がいれば、どこでも退屈しないさ。王都の空気も、きっと君の胃袋には敵わないよ」

 列車は速度を落とし始め、遠くに王都の灯りが見え始めていた。

 カタリナは静かに窓の外を見つめ、ヴィクトーリアもその横顔を眺める。


 ラウノがふと真面目な顔で尋ねる。

「……それで、王都に着いたら、まず何をするんです?私は初めてなんで、勝手が分からなくて」

 カタリナは少しだけ表情を引き締める。

「まずは王宮に向かって、アマデオ兄さまに会うわ。その後、進歩派や中立派の議員たちを一人ずつ訪ねて、協力を取り付けるの。王都の空気は複雑だけど、私たちの味方になってくれる人もきっといるはず」

 ヴィクトーリアは頷く。

「王都では誰が味方で誰が敵か、油断できない。けど、殿下が正面から話せば、きっと心を動かされる人もいるよ」

 ラウノは小さく息を吐き、窓の外に広がる王都の灯りを見つめる。

「……分かりました。私も、できることは全部やります」

 カタリナは優しく微笑み、ヴィクトーリアも静かに頷いた。


 列車の窓には、夜明けの光と王都の街並みが重なり始めていた。

 新しい一日と、新しい戦いが、もうすぐ始まろうとしている。

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