第二十二章:不自然な完璧

放課後。

昇降口で鞄を肩にかけた月乃の前に、リアが現れた。


「あっ、月乃先輩っ!こんにちは〜っ!」


相変わらずの元気な声。

けど、今の月乃には少し眩しすぎた。


「こんにちは。……どうしたの?」


「いえいえ〜、ちょっとお話ししたいことがありましてっ♪」


リアは月乃の横に並んで歩き始めた。

あくまで偶然を装う、でも目の奥は笑ってなかった。


「〇〇先輩って……ほんと、モテますよね〜」


「……どういう意味?」


「いえいえ? 特に意味なんてないですよ〜?

でも、昨日も一緒に帰ったのって、月乃先輩じゃなかったですもんね?」


月乃の足が、一瞬止まりかけた。


「え?」


「いや〜、見かけちゃったんですよっ♪ 別の子と歩いてるとこ。

あの、公園のあたりかな? 知らない子でしたけど」


「……」


リアは目を細めて笑った。


「ほんっと、罪作りですよね。〇〇先輩って」


声のトーンは、いつもと変わらない。

けど──

月乃は、その言葉の“薄さ”に、違和感を覚えていた。


(……この子、なんでそんなに、あの人のことばっかり……?)


(なんで、こんなにも話題が……あの人に偏ってる?)


ほんの一瞬。

ごく小さな、でも確かな疑念が、月乃の胸に芽生えた。


リアはその変化に気づかないまま、勝利の余韻に浸っていた。


(これでいい。あとはゆっくり崩れていくだけ)


(だって、あの人にはもう……私しかいないんだから)


~~~


その頃──

俺はリビングのソファで、いつの間にか眠っていた。

体にふわっとした暖かさ。

目を覚ますと、タオルケットがかけられていた。


「……っ」


ぼんやりとした頭で、漂う香りに気づく。

キッチンからは、湯気と一緒に、だしの匂い。


「……お前、また……」


エプロン姿のリアが、にこにこしながら鍋をかき回していた。


「先輩、よく眠れてましたね〜! 疲れてるときは休息が大事ですもんっ」


いつの間に鍵を……なんて問いは、もう虚しい。

その笑顔が、全てを“既成事実”に変えていく。


「泊まってくとか言うんじゃないだろうな……」


「ふふっ、それはまだ早いですってば〜!

私は“デザートは最後に取っておく派”ですから♡」


「……何がデザートだよ」


「ふふふ、さあ、なんでしょうねっ?」


ちゃっかり自分の分の箸と茶碗も出して、二人分の夕飯を並べていくリア。


その姿を見ながら、俺はなぜか、

“この空気に慣れつつある”自分に気づいた。


(まずい……これじゃ、まるで……)


そう思った瞬間、リアが言った。


「本物の彼女、みたいですねっ」


「……え」


「じゃ、今日はこれにて。明日も美味しいの作りますから、楽しみにしててくださいねっ♪」


エプロンを外し、玄関に向かう。


「……また、来るのかよ」


「当たり前ですよー! 先輩が元気になるまで、ずーっと!

お泊まりは……もうちょっとだけ、あとに取っておきますね♡」


最後にピースをして、リアは笑顔で帰っていった。


扉の閉まる音。


静かな部屋。


けれど、ほんの少しだけ、温かさが残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る