第二十章:嘘と笑みの境界線

「じゃあ、今日はこれにて! ごちそうさまでしたっ♡」


スーパーの袋が空になったのを確認し、リアはエプロンを外して、玄関に向かう。

俺はその背中を眺めながら、どこか拍子抜けしていた。


(こいつのことだから、どうせ泊まるとか言うと思ってたけど……)


まさか、あっさり帰るとは。


「……お前、今日は帰るのかよ」


「えっ、なに? もしかして……期待してました?」


リアは笑って振り返った。

上目遣いで、冗談めかして言ってくる。


「きゃー! 先輩ったら〜!

そういうのはまだ早いですよっ!? ね〜〜〜!?」


俺は苦笑いしかけたが、すぐ真顔になった。


「なあリア……」


「ん?はいっ、なんでしょーか!」


「……お前、俺が時計を壊したの知ってるだろ。まだ、他にもあるのか?」


リアが一瞬だけ目を瞬かせた。

その隙を逃さず、問い詰める。


「盗聴もカメラも……まだ続けてるのかって聞いてるんだ」


リアは唇に指を当て、いつもの調子で笑ってみせた。


「え〜〜先輩ったら、ホント探偵さんみたい♡」


「ふざけるな」


ほんの一拍の沈黙。やがてリアは肩をすくめ、首をかしげて小悪魔の笑顔を作る。

「ん〜〜〜……あれですか? あんなのもうバッテリー切れちゃいましたよ〜。

ね、だから安心してください♡」


俺は睨むようにその笑顔を見つめた。


「……本当かよ」


リアは笑顔のまま、声を落としてささやく。


「ほんとほんと♡ でも……先輩が見られてるって思ってくれるなら、それだけでリアちゃんは嬉しいんですけどね」


玄関先でピースサイン。

ほんの一瞬のやりとりなのに、全身の力が抜けていく気がした。


「じゃあ、おやすみなさーい♡」


ドアが閉まる音がしたあと、ようやく一人になった。


(……やっと、静かになった)


けど──

そこには“安堵”と同時に、“焦燥”と“わずかな寂しさ”があった。


わけが分からなかった。


(なんなんだよ、俺……)

(監視も、月乃のことも、全部ぐっちゃぐちゃだ……俺は……)


頭では「距離を取るべきだ」と思っているのに

「監視カメラを仕掛けるような異常人物だ」とも思っているのに……


心のどこかが、リアの存在に“救われてる”ような錯覚すら抱いていた。



~~~



その頃──。


リアは夜の住宅街を歩いていた。

彼女の手には、小さな封筒。


中には一枚の写真。

彼と、知らない女の子が歩いている“ように見える”画像。


元の写真は、公園で撮った彼とリアのツーショット。

そこに、別の女性の後ろ姿をPhotoshopで貼り付けたものだった。


完成度はそこそこ。

けど、夜の街灯の下で見れば、十分“それっぽく”見える。


目的地は、月乃の家だった。


「んふふ……♪」


封筒をポストに差し込みながら、リアの喉から、笑い声が漏れた。


(月乃先輩。あなたって、ほんとに純粋で、ちょろいですよね)


(ちょっと傷つけられたら、すーぐ冷たくなって。

すーぐ疑って、すーぐ壊れちゃうんですから)


(……それに比べて、先輩は……)


写真を入れ終えると、リアは夜道をゆっくり歩いた。


蒸し暑い夜風。

誰もいない道。

白髪がひらひらと揺れる。


そして、こらえきれなかった。


「──ぷっ……ふふ……ふふふ……っ」


一人、街灯の下で笑いがこみ上げた。

声を殺せなかった。

唇を押さえても、笑いは止まらなかった。


(──これで、また一歩)


(先輩は、“私だけのもの”に、近づいた)


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