第十八章:名優。舞台はある教室にて

水滴が落ちてから、空気が変わった。

月乃はゆっくりと机に鞄を置いて、俺の方を見た。


「……ねえ、〇〇くん」


声は小さかったけど、教室中の空気を切り裂くように響いた。


「ちょっと、距離置かない?」


「……え?」


その言葉が耳に届いた瞬間、心臓が跳ねた。


「別に怒ってるとかじゃないし、嫌いになったとかでもない。

でも、ちょっと……自分の気持ち、整理したいから」


その言葉は、柔らかくて、痛かった。


「いや、ちょっと待ってくれ……月乃、それは……」


言いかけたけど、月乃はもう目を逸らしていた。


「責めてるわけじゃないよ。私にも悪いとこあったと思うし……

でも、なんか……うまくいってないなって思っちゃっただけ」


クラスメイト数人が気まずそうに目線を逸らす中、

リアは、演技くさい慌てた表情で会話に割ってきた。


「け、喧嘩はだめですよーっ!?!?」


と、明らかにタイミングを狙ったかのようなテンションで叫びながら。


「先輩たち、大丈夫ですか!? 仲直りのハグします!? ね、ねっ!?♡」


一瞬、教室が凍った。


月乃は目を伏せたまま、何も言わなかった。

俺は何も言い返せなかった。


「……お、お邪魔しました〜〜〜っ! 私、先輩の忘れ物届けに来ただけなんで!」


そう言ってリアは、さっき渡したペットボトルの袋を振りながら一礼して、くるっと踵を返した。

ひらひら揺れる制服のスカート。

その背中から見える横顔には、笑顔の仮面が張りついていた。


でも──その裏では、


(ふっふ〜ん♪ やった〜〜〜〜〜♪)


リアの心は、黒い歓喜で満たされていた。


(先輩と月乃先輩、ぎくしゃくしてる〜〜〜♪

よしよしよしよしよし……)


(もっと壊れろ……もっともっと、私以外全部いなくなれ)


(そしたら、先輩は私のもの)


(ねぇ、気づいてくださいよ。月乃先輩といると苦しくなるのに、

私といると、安心するでしょ? 楽しいでしょ? 幸せでしょ?)


(だって、“先輩の幸せ”って、私でしょ?んふふ~)


リアの足取りは軽かった。

でも、心の奥では、静かに刃を研いでいた。

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